「体重差がなかったら、一体誰が一番強いんだろう?」格闘技ファンなら誰もが一度は抱く、この素朴で究極の疑問。階級制という厳格なルールがあるからこそ、異なる体格の選手同士が戦うことは基本的にありません。しかし、ファンの妄想と議論は止まりません。そこで登場するのが「PFP(パウンド・フォー・パウンド)」という概念です。
特にキックボクシング界は現在、世界中に強力な団体が乱立し、実力者たちがひしめき合っています。ONE Championshipの圧倒的な資金力、GLORYの伝統、そして日本国内のRISEやK-1の熱狂。それぞれの場所で王者が生まれる中、真の最強を決める指標としてPFPの注目度がかつてないほど高まっているのです。
この記事では、キックボクシングにおけるPFPの意味や見方から、現在世界で評価されているトップファイターたち、そして日本の選手が世界ランキングでどのような立ち位置にいるのかを、初心者の方にもわかりやすく丁寧に解説していきます。専門的な用語には補足を入れながら進めていきますので、ぜひ最後までお付き合いください。
キックボクシングPFPとは?基礎知識と見方
まずは、この「PFP」という言葉が何を意味するのか、そしてキックボクシングという競技において、なぜこれほど重要視されるようになったのか、その背景と基礎知識からしっかりと紐解いていきましょう。
PFP(パウンド・フォー・パウンド)の意味
PFPとは「Pound for Pound(パウンド・フォー・パウンド)」の略称です。直訳すると「1ポンドあたり」という意味になりますが、格闘技の世界では「もし仮に、すべての選手が同じ体重(同じ階級)だったとしたら、誰が一番強いのか?」という仮定に基づいたランキングや称号のことを指します。
格闘技には体重別の階級が存在します。当然、体重が重い選手の方がパンチ力があり、体格で勝るため、無差別級で戦えばヘビー級の選手が勝つ可能性が高くなります。しかし、それでは「技術」や「スピード」、「戦術眼」といった純粋な格闘能力の比較ができません。「体重」という物理的な有利不利を計算から除外し、純粋なスキルの高さでランク付けをするのがPFPの面白さです。
【ここがポイント!】
PFPは実際に試合をして決めるものではなく、専門家やメディアによる「投票」や「評価」によって決まる架空のランキングです。だからこそ、ファンの間で「いや、あいつの方が上だ」「この順位はおかしい」といった議論が活発に行われ、それが競技の熱気を高める要因にもなっています。
キックボクシングにおけるPFPの重要性
ボクシングや総合格闘技(MMA)でもPFPは人気のあるトピックですが、キックボクシングにおいては少し特殊な事情があり、その重要性がさらに増しています。それは、キックボクシング界が「団体の乱立」という状況にあるからです。
ボクシングなら世界的に統一された主要団体がありますが、キックボクシングはアジアを中心とした「ONE Championship」、ヨーロッパを拠点とする「GLORY」、そして日本の「RISE」や「K-1」など、地域や団体ごとにトップ選手が分散しています。団体が違うと直接対決が難しいため、「誰が世界最強か」が見えにくくなってしまうのです。
そこで、団体の垣根を超えて選手を評価するPFPランキングが、ファンのための「世界地図」のような役割を果たします。異なる団体で戦う王者同士を比較し、今のキックボクシング界で誰が支配的な存在なのかを知るための、唯一の手掛かりと言っても過言ではありません。
誰がランキングを決めているのか
では、このランキングは一体誰が決めているのでしょうか?実は、公式の統一機関が存在するわけではありません。世界中の信頼できる格闘技メディアや専門サイトが、独自の基準でランキングを作成し、発表しています。
特に有名なのが、アメリカの格闘技メディア「Combat Press(コンバット・プレス)」や、キックボクシング専門メディア「Beyond Kickboxing(ビヨンド・キックボクシング)」です。これらのメディアは、世界中の試合結果を細かく追跡し、対戦相手の質、勝敗の内容、技術的なパフォーマンスなどを総合的に判断して順位をつけています。
これらのランキングは、選手にとっても大きなステータスとなります。特定の団体のチャンピオンベルトを持っているだけでなく、「世界的なメディアのPFPランキングで1位になった」という事実は、名実ともに「世界最強」の証明となるからです。
世界の主要団体における最強候補たち

基礎知識を押さえたところで、実際に今のキックボクシング界を支配している「最強候補」たちを見ていきましょう。2024年から2025年にかけて、世界のランキング上位を独占しているのは、主に「ONE Championship」と「GLORY」で戦うモンスターたちです。
ONE Championshipの絶対王者たち
現在、軽量級から中量級(60kg〜70kg前後)において、世界最高峰のレベルにあるのが「ONE Championship」です。特に70kg級(フェザー級)は「黄金の階級」と呼ばれ、PFPトップランカーがひしめき合っています。
その筆頭が、チンギス・アラゾフ(Chingiz Allazov)です。ベラルーシ出身の彼は、圧倒的なスピードと変則的なフットワーク、そして一撃で相手を沈める破壊力を併せ持っています。かつて日本のK-1で活躍し、その後ONEに移籍。世界トーナメントを制覇し、当時の絶対王者スーパーボンをKOで下した試合は、キックボクシング史に残る衝撃的な瞬間でした。多くのメディアでPFP1位の座を不動のものにしています。
そして、そのアラゾフと双璧をなすのが、タイの至宝スーパーボン(Superbon Singha Mawynn)です。ムエタイをベースにした完璧なディフェンスと、相手の首を刈り取るようなハイキックは芸術の域に達しています。伝説の王者ジョルジオ・ペトロシアンをハイキック一発で失神させたシーンは、世界中のファンを震え上がらせました。
GLORYのヘビー級キング
軽量級がONEの独壇場なら、重量級(ヘビー級)の世界最強は「GLORY」にいます。その名はリコ・ヴァーホーベン(Rico Verhoeven)。オランダが生んだ「キング・オブ・キックボクシング」です。
身長196cm、体重120kg近い巨体を持ちながら、軽量級のようなスタミナと緻密なテクニックを持っています。彼は10年以上にわたりGLORYのヘビー級王座を守り続けており、その安定感は異常とも言えるレベルです。通常、PFPは軽量級の選手がスピードや技術で評価されやすい傾向にありますが、リコはその圧倒的な実績と、自分より大きな相手も完封する技術力で、常にPFPランキングの上位(トップ5以内)に名を連ねています。
ヘビー級は「一発当たれば終わる」というスリリングな階級ですが、その中で負けない強さを誇るリコの存在は、PFPを語る上で絶対に外せません。
団体の壁を超えた評価の難しさ
ここで一つ、PFPランキングを見る上での難しいポイントについて触れておきます。それは「直接対決がない選手同士をどう比較するか」という問題です。
例えば、ONEの王者であるアラゾフと、GLORYの王者であるリコ・ヴァーホーベンが戦うことは、体重差があるため物理的に不可能です。また、同じ階級であっても、契約の縛りがあるため「ONEの王者 vs GLORYの王者」という試合は滅多に実現しません。そのため、ランキングを作成するメディアは「対戦相手の質」を非常に重視します。
「誰に勝ったか」が重要になります。過去に実績のある選手を倒していれば、その勝利の価値は高まります。逆に、どれだけ連勝していても、対戦相手の知名度や実力が低ければ、PFPランキングでの評価は上がりづらいのです。この「もどかしさ」もまた、ファンが妄想を膨らませる要素の一つと言えるでしょう。
日本人選手はランクインしている?注目選手を紹介
世界の壁は厚いですが、日本のキックボクシング界も負けてはいません。軽量級においては、日本は世界でもトップクラスの市場であり、多くの強豪選手を輩出しています。ここでは、世界のPFPランキングに絡んでくる日本人選手たちについて解説します。
「THE MATCH 2022」以降の勢力図
日本のキックボクシング界を語る上で外せないのが、2022年6月に行われた東京ドーム大会「THE MATCH 2022」です。団体の壁を超えて那須川天心選手と武尊選手が激突したこの世紀の一戦は、日本の格闘技史における大きな転換点となりました。
この試合以降、那須川天心選手はボクシングへ転向しましたが、彼が去った後のキック界では、新たな「最強」を目指す戦いが激化しています。特に軽量級(53kg〜55kg付近)では、日本のレベルは世界最高峰と言われており、RISEやK-1の王者がそのまま世界のトップランカーとして評価されることも珍しくありません。
現在、特に評価が高いのがRISEの大﨑一貴(Kazuki Osaki)選手や田丸辰(Toki Tamaru)選手です。彼らは53kg〜55kgという軽量級において、圧倒的なスピードと技術を持っており、海外メディアのPFPランキング(特に軽量級部門)でもトップ10入りの常連となっています。
武尊選手の世界への挑戦
そして、日本が誇るカリスマ、武尊(Takeru Segawa)選手の動向も見逃せません。K-1で三階級制覇を成し遂げた彼は、ONE Championshipと契約し、世界への挑戦を続けています。
2024年初頭に行われたスーパーレックとの試合では、壮絶な打ち合いの末に判定で敗れはしたものの、その闘志と実力は世界中のファンに衝撃を与えました。負けてなお評価される試合内容で、依然として世界のトップ戦線に留まっています。彼が今後、ONEの強豪たちを倒してベルトを巻くことがあれば、日本人初の「世界規模でのPFP 1位」という快挙も夢ではありません。
【注目の最新動向】
最近では、シュートボクシングの絶対王者である海人(Kaito Ono)選手も世界的に評価を高めています。GLORYの強豪選手を日本に招いて撃破するなど、70kg級という世界最激戦区で日本人選手が活躍するのは非常に困難な中、孤軍奮闘の活躍を見せています。
次世代のスター候補たち
ランキングの常連以外にも、次世代のスターたちが虎視眈々と世界を狙っています。K-1からは金子晃大選手や玖村将史選手といった55kg級の実力者たちが、その高いKO率と華のあるファイトスタイルで注目を集めています。
また、極真空手出身でRISEで活躍する与座優貴(Yuki Yoza)選手も、その独特な空手スタイルで外国人選手を翻弄しており、国際的な評価が急上昇している一人です。彼らが海外の強豪と戦い、勝利を重ねることで、PFPランキングの勢力図はまた大きく変わっていくことでしょう。
歴代最強は誰だ?伝説のキックボクサーたち
現在のランキングも気になりますが、「歴史上、誰が一番強かったのか?」という話題も尽きることがありません。PFPという概念が定着する以前から、時代を彩ってきた伝説のファイターたちがいます。
魔裟斗やブアカーオがいた時代
日本でキックボクシングブームが巻き起こった2000年代、「K-1 WORLD MAX」の時代はまさに黄金期でした。この時代を象徴するのが、日本の魔裟斗選手と、タイの英雄ブアカーオ・バンチャメーク選手です。
当時の70kg級は世界中から怪物が集まっていました。魔裟斗選手の不屈の闘志と緻密なボクシングテクニック、そしてブアカーオ選手の人間離れしたミドルキックとフィジカル。もし当時、現代のような厳密なPFPランキングが存在していたら、彼らは間違いなく1位、2位を争っていたことでしょう。彼らのライバル関係は、今でも語り草となっています。
ジョルジオ・ペトロシアンの功績
「歴代最強のキックボクサーは誰か?」と専門家に問えば、多くの人がジョルジオ・ペトロシアン(Giorgio Petrosyan)の名前を挙げるでしょう。「THE DOCTOR(医師)」という異名を持つ彼は、相手の攻撃を精密機械のように見切り、的確な攻撃で解体していくスタイルで、長年にわたり「負けない男」として君臨しました。
K-1 MAXでの優勝後も、様々な団体でベルトを収集し続け、ONE Championshipでも初代王者に輝きました。近年、スーパーボンに敗れるまでは、10年近くにわたってPFP 1位の座を誰にも譲らなかった、まさに生きる伝説です。彼の存在が、キックボクシングにおける「テクニック」の重要性を世界に知らしめました。
那須川天心が残したインパクト
そして、近年の軽量級におけるPFPキングといえば、やはり那須川天心選手です。キックボクシング戦績42戦42勝(28KO)無敗という、漫画のような記録を残してボクシングへ転向しました。
彼の凄さは、単に勝つだけでなく「誰も見たことがない動き」で勝つことでした。バックハンドブローや胴回し回転蹴りなど、大技を必殺技として使いこなし、世界的なムエタイ王者たちをも翻弄しました。スピード、動体視力、当て勘、すべてが規格外。「軽量級はKOが少ない」という常識を覆し、世界中のメディアが彼を「PFP 1位」に推した時期がありました。彼がキックボクシング界に残した基準は、今もなお破られていません。
最新ランキングをチェックできるメディア・サイト
最後に、自分で最新のPFPランキングをチェックしたいという方のために、世界的に信頼されている主要なメディアサイトをご紹介します。英語のサイトが多いですが、ランキング表を見るだけなら言葉の壁はそれほど気になりません。
Beyond Kickboxing(ビヨンド・キックボクシング)
現在、最もマニアックかつ信頼性が高いと言われているのが「Beyond Kickboxing」です。このメディアは、キックボクシングのみに特化しており、世界中のあらゆる団体の試合を網羅しています。
特徴:
選定委員(パネル)による投票制を採用しており、特定の団体に偏らない公平なランキングを目指しています。更新頻度も高く、選手の移籍や試合結果がすぐに反映されるため、最新情報を知りたいならここが一番です。X(旧Twitter)での情報発信も活発です。
Combat Press(コンバット・プレス)
「Combat Press」は、キックボクシングだけでなくMMA(総合格闘技)も扱う総合格闘技メディアですが、キックボクシングのランキングにおいては老舗としての権威があります。
特徴:
毎月月初にランキングが更新されます。階級ごとのランキングが見やすく整理されており、過去のデータと比較するのにも便利です。長年続いているメディアなので、データの蓄積量が多く、安定した評価基準を持っています。
専門メディアの信頼性と特徴
これらのメディアのランキングを見る際のコツは、「複数のサイトを見比べること」です。メディアによって、評価の基準(攻撃力を重視するか、防衛力を重視するかなど)が微妙に異なるため、ランキングにズレが生じることがあります。
例えば、あるサイトでは攻撃的な選手を上位にし、別のサイトでは安定感のある選手を上位にすることはよくあります。複数の視点を持つことで、「誰が本当に強いのか」という自分なりの答えが見えてくるはずです。また、日本の「eFight(イーファイト)」や「BoutReview(バウトレビュー)」などの格闘技ニュースサイトも、日本人選手の活躍を詳しく報じているため、あわせてチェックするとより深く楽しめます。
まとめ:PFPを知れば観戦がもっと面白くなる

今回は「キックボクシングPFP」をキーワードに、その意味や現在のトップファイター、そして情報の集め方について解説してきました。最後に要点を振り返ってみましょう。
- PFPは「体重差なし」の最強決定戦
階級の壁を取り払い、純粋な技術と強さを比較する夢のランキングです。 - 現在はONEとGLORYが二大巨頭
チンギス・アラゾフ(ONE)やリコ・ヴァーホーベン(GLORY)が世界最強の筆頭候補です。 - 日本人選手も世界レベル
軽量級では大﨑一貴選手や田丸辰選手などが世界ランク入りし、武尊選手や海人選手も世界王座を狙っています。 - 信頼できる情報源を持つ
Beyond KickboxingやCombat Pressなどの専門サイトをチェックすることで、世界の潮流をリアルタイムで掴めます。
PFPランキングを知ることは、単に「誰が強いか」を知るだけでなく、世界中のキックボクシングの繋がりを知ることでもあります。今まで知らなかった海外の強豪選手に興味を持ったり、日本人選手が世界でどれだけ凄い挑戦をしているかを知ったりすることで、試合観戦の興奮は何倍にも膨れ上がります。
次にキックボクシングの試合を見る時は、ぜひ「この選手はPFPだとどのくらいの位置かな?」と想像しながら応援してみてください。きっと、今までとは違った新しい景色が見えてくるはずです。



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