近年、総合格闘技(MMA)やブラジリアン柔術の人気が高まる中で、「サブミッション」という言葉を耳にする機会が増えてきました。試合の実況で「サブミッションが決まった!」と叫ばれているシーンを見たことがある方も多いのではないでしょうか。
格闘技におけるサブミッションとは、一言で言えば「相手を降参させる技術」のことです。打撃によるKO(ノックアウト)と並び、試合の決着をつける非常に重要な要素です。この技術を知っていると、一見地味に見える寝技の攻防が、実はスリル満点の心理戦であることに気づけるようになります。
この記事では、サブミッションの基本的な意味から、代表的な技の種類、そして観戦する際に知っておくと面白いポイントまでを、専門用語を交えつつ優しく解説していきます。これから格闘技を始めたい方や、観戦をもっと楽しみたい方はぜひ参考にしてください。
格闘技におけるサブミッションとはどういう意味か
まずは、「サブミッション」という言葉が本来持っている意味や、格闘技のルールにおいてどのように定義されているのかを解説します。言葉の成り立ちを知ることで、なぜこの技術が「一撃必殺」と呼ばれるのかが理解しやすくなります。
英語の「Submission」が持つ本来の意味
サブミッション(Submission)という言葉は、英語で「提出」や「服従」「屈服」という意味を持っています。ビジネスシーンでは書類の提出などを指す言葉として使われますが、格闘技の世界では相手を完全にコントロールし、抵抗できない状態にして「服従させる」ことを指します。
打撃戦が相手の意識を断ち切る戦いであるのに対し、サブミッションは相手に自ら「負けました」と認めさせる戦いです。暴力的な側面だけでなく、相手の身体構造を理詰めで制するという知的な側面も持ち合わせています。
また、日本では古くから「極め技(きめわざ)」と呼ばれてきました。関節を極める、首を絞めて極める、といった表現と同じ意味で使われます。現在では、海外の格闘技イベントの影響もあり、サブミッションという呼び方が一般的になっています。
試合の決着をつける「タップアウト」の仕組み
サブミッション技が決まり、痛みや窒息感に耐えられなくなった選手は、試合を放棄する意思表示を行います。これを「タップアウト」と呼びます。タップアウトは、自分の手で相手の体やマットを2回以上叩くことで成立します。
このルールは、選手の安全を守るために非常に重要です。骨が折れたり靭帯が断裂したり、あるいは完全に意識を失う前に、自ら負けを認めることで深刻な怪我を防ぐことができるからです。タップアウトした瞬間、レフェリーは即座に試合を止めます。
手が使えない状況では、足でマットを叩いたり、口頭で「ストップ」「マイッタ」と叫ぶことで降参を伝えることも認められています。これを「バーバル・タップアウト(口頭によるギブアップ)」と呼びます。
レフェリーが止める「テクニカルサブミッション」
選手がタップアウトしない、あるいはできない状況でも、レフェリーやドクターの判断で試合が終了することがあります。これを「テクニカルサブミッション」と呼びます。主に以下のようなケースで適用されます。
・絞め技で選手が完全に意識を失った(失神)場合
・関節技によって骨折や脱臼が明らかに見られる場合
・選手が痛みに耐えていても、これ以上続けると重大な怪我につながるとレフェリーが判断した場合
特にプロの試合では、選手のアドレナリンが出ていて痛みを感じにくかったり、勝利への執念から限界まで我慢してしまうことがあります。そのため、第三者であるレフェリーが危険を察知して試合を止めることは、選手の選手生命を守る最後の砦となっています。
「一発逆転」を可能にする格闘技の醍醐味
サブミッションの最大の魅力は、試合展開を一瞬でひっくり返せる点にあります。例えば、打撃で圧倒的に攻め込まれ、ポイントで大差をつけられていたとしても、一瞬の隙をついて関節技や絞め技を極めれば、その時点で勝利が確定します。
この「一発逆転」の要素があるため、グラップリング(組み技)のスキルが高い選手は、どんなに劣勢でも最後まで勝つチャンスを残しています。観客にとっても、試合終了のゴングが鳴る最後の1秒まで目が離せない緊張感を生み出します。
逆に言えば、どんなに優勢な選手でも、一つのミスで敗北するリスクがあるということです。このスリリングな攻防こそが、サブミッションが格闘技観戦を面白くしている大きな要因と言えるでしょう。
仕組みでわかるサブミッションの主な種類

サブミッションには数え切れないほどの技が存在しますが、大きく分けると「関節技」と「絞め技」の2つに分類できます。それぞれの仕組みを理解すると、選手が何を狙っているのかが分かりやすくなります。
関節技(ロック):テコの原理で関節を極める
関節技は、人間の関節が曲がらない方向へ無理やり曲げたり、可動域を超えて伸ばしたりすることで激痛を与え、破壊を迫る技術です。英語では「Joint Lock(ジョイント・ロック)」と呼ばれます。
この技術の基本は「テコの原理」です。相手の関節を支点とし、自分の全身の力を使って力点に圧力をかけます。例えば、腕一本に対して自分の背筋や脚力などの全身の力を使うため、筋力差がある相手でも極めることが可能です。
主なターゲットとなるのは、肘、肩、膝、足首などの関節です。首の関節(頸椎)への攻撃は、重篤な障害を残すリスクが高いため、多くの競技ルールで禁止あるいは厳しく制限されています。
絞め技(チョーク):首を圧迫して失神させる
絞め技は、相手の首を腕や脚で圧迫する技術で、英語では「Choke(チョーク)」と呼ばれます。これは大きく分けて2つのメカニズムがあります。一つは気管を圧迫して呼吸を止める方法、もう一つは頸動脈を圧迫して脳への血流を遮断する方法です。
格闘技で主に使用されるのは、後者の「頸動脈を圧迫する」タイプです。正しく極まれば、数秒から十数秒で相手は意識を失います(これを「落ちる」と表現します)。痛みよりも先に意識が遠のくため、気づいたときには試合が終わっていることも珍しくありません。
絞め技は関節技と違って骨折などの怪我のリスクが比較的低いため、安全性の高いフィニッシュ技としても知られていますが、長時間絞め続けることは非常に危険です。そのため、レフェリーは常に選手の意識状態を確認しています。
締め技(コンプレッション):筋肉や骨を押しつぶす
関節や首以外を攻める技術として、「コンプレッションロック」と呼ばれる種類もあります。これは相手の筋肉や骨そのものを圧迫して激痛を与える技です。例えば、ふくらはぎと太ももの間に自分の腕や足を挟み込み、万力のように押しつぶす技などが該当します。
このタイプの技は「筋肉潰し」とも呼ばれ、非常に強い痛みを伴います。関節技ほどメジャーではありませんが、ブラジリアン柔術や一部の総合格闘技の試合では有効な手段として使われます。
ただし、初心者同士の練習では力加減が難しく、怪我につながりやすいため、使用が制限されている場合が多いです。上級者向けのテクニックと言えるでしょう。
よく見かける有名なサブミッション技を解説
ここでは、テレビや動画配信の試合で頻繁に目にする、代表的なサブミッション技をいくつか紹介します。これらの名前と形を覚えるだけで、実況解説の内容がスムーズに頭に入ってくるようになります。
腕ひしぎ十字固め(アームバー)
格闘技といえばこの技、というほど有名なのが「腕ひしぎ十字固め(英語名:アームバー)」です。相手の肘関節を逆に伸ばして極める技です。仰向けになった状態で、相手の片腕を自分の両脚で挟み込み、テコの原理を使って肘を反らせます。
この技の美しいところは、あらゆるポジションから狙える点です。上から攻めているときだけでなく、下になって守っている状態からでも、一瞬の隙をついて入ることができます。柔道、柔術、MMA、プロレスと、すべての組み技系格闘技で必殺技として使われています。
防御側は腕をクラッチ(自分の手同士を組むこと)して耐えますが、攻撃側はそのクラッチを切るために様々な揺さぶりをかけます。この「クラッチを切るか、耐えるか」の攻防が見どころの一つです。
リアネイキッドチョーク(裸絞め)
総合格闘技において、最も決まり手(フィニッシュ)が多い技の一つが「リアネイキッドチョーク(RNC)」です。柔道では「裸絞め(はだかじめ)」と呼ばれます。相手の背後(バックポジション)を取り、腕を相手の首に巻き付けて絞め落とします。
「王道の必殺技」と呼ばれる理由は、背後から仕掛けるため相手が反撃しにくく、脱出が極めて困難だからです。一度完全に形が入ってしまうと、ほぼ逃げることは不可能です。この技が決まると会場は最高潮に盛り上がります。
この技を狙うために、選手たちは必死で相手の背中を取り合います(バックテイク)。背中を取った時点で、観客は「チョークが来る!」と期待して身を乗り出します。
三角絞め(トライアングルチョーク)
自分の両脚を使って、相手の首と片腕を三角形の形に挟み込んで絞める技が「三角絞め(トライアングルチョーク)」です。主にガードポジション(仰向けで相手を下からコントロールする状態)から仕掛けます。
脚力の強い選手が得意とすることが多く、一度脚のロックが完成すると、万力のような力で首が締め上げられます。また、相手がパニックになればなるほど絞めが深まる構造になっており、見た目以上に強力な技です。
脚の長さや柔軟性がある選手が有利とされていますが、角度を調整する技術があれば体格に関係なく極めることができます。小柄な選手が大柄な選手を倒す際にもよく使われる「柔よく剛を制す」を体現する技です。
ヒールフック(足関節技)
近年、グラップリング界やMMAで猛威を振るっているのが、足首や膝を攻撃する足関節技(レッグロック)です。その中でも特に危険で強力なのが「ヒールフック」です。相手の踵(かかと)を固定し、足を捻ることで膝の靭帯を破壊します。
一瞬で勝負が決まるため、「足の極め合い」が始まると会場には独特の緊張感が走ります。現代MMAやグラップリングにおいては、この足関節技の攻防を知っているかどうかが、技術レベルの指標の一つにもなっています。
総合格闘技(MMA)とブラジリアン柔術での違い
サブミッションは多くの格闘技で使われますが、ルールや環境によってその使い方は大きく異なります。特にMMAとブラジリアン柔術(BJJ)における違いを知ることで、より深く観戦を楽しむことができます。
打撃があるかないかで「極め」の難易度が変わる
総合格闘技(MMA)の最大の特徴は、パンチやキックなどの「打撃」が認められている点です。打撃がある中でサブミッションを狙うのは、純粋な組み技競技よりも遥かに困難です。不用意に技を仕掛けると、顔面にパンチをもらってKOされるリスクがあるからです。
しかし、逆に言えば「打撃を嫌がって逃げた相手の首を取る」といった、MMA特有の連携も生まれます。打撃でダメージを与え、相手の意識が朦朧としたところでサブミッションを決める、という流れはMMAの王道パターンです。
一方、ブラジリアン柔術などの組み技競技では、打撃がないため、より複雑で繊細な手順を踏んだサブミッションが可能になります。時間をかけてじっくりと詰将棋のように追い詰めるスタイルが見られます。
オープンフィンガーグローブの影響
MMAでは、拳を保護するために「オープンフィンガーグローブ」という薄手のグローブを着用します。このグローブの存在が、サブミッションの攻防に大きな影響を与えます。
特に、首を絞める技(リアネイキッドチョークなど)においては、グローブの厚みが邪魔をして腕を深く差し込みにくくなることがあります。また、自分の手をクラッチする際も、素手に比べて感覚が鈍るため、より確実なロックが必要とされます。
しかし、汗で滑りやすくなる後半戦では、グローブの摩擦を利用してグリップを強化できる場面もあり、グローブの特性をどう活かすかも選手の実力の一つと言えます。
道着(ギ)を使うかどうかの戦略差
ブラジリアン柔術には、道着を着用する「Gi(ギ)」と、ラッシュガードなどで戦う「No-Gi(ノーギ)」の2つのスタイルがあります。道着を着ている場合、相手の襟や袖を掴んで絞めることができます。
例えば、「送り襟絞め」や「ボウ・アンド・アロー・チョーク」といった技は、道着の襟を使って首を絞める強力な技ですが、裸体やラッシュガードでは使えません。そのため、MMAでは道着を使わないサブミッション技術が必須となります。
MMAの選手は、道着に頼らない「自分の腕や脚でロックする技術」を磨く必要があります。一方で、道着柔術の選手は、布を利用した無限に近いバリエーションの技を持っています。
観戦がもっと楽しくなるサブミッションの注目ポイント
最後に、実際に試合を見るときに「どこを見ればいいのか」というポイントを紹介します。これを知っているだけで、ただ選手が絡み合っているように見えるシーンが、高度な技術戦に見えてくるはずです。
セットアップ:一発逆転のドラマが生まれる瞬間
サブミッションは、いきなり技をかけるのではなく、その前の「準備(セットアップ)」が非常に重要です。名選手は、相手に気づかれないように罠を張っています。例えば、パンチを打つふりをして足元へタックルに入ったり、わざと隙を見せて相手を誘い込んだりします。
観戦中は、解説者が「あ、今◯◯を狙っていますね」と言ったら、その選手の腕や足の動きに注目してください。相手の片腕を孤立させようとしていたり、首元に手を這わせていたりする動きが見えるはずです。
この「嵐の前の静けさ」のようなセットアップの段階を楽しめるようになると、実際に技が決まった瞬間のカタルシスが倍増します。
ディフェンスとエスケープ:目に見えない攻防
サブミッションをかけられた選手が、どうやって逃げる(エスケープする)かも見どころです。単に力を入れて暴れているように見えても、実はミリ単位で角度を変えて関節を守っていることがよくあります。
例えば、腕十字をかけられそうな時、防御側は親指の向きを変えて肘が伸びないようにしたり、自分の身体を回転させて支点をずらしたりします。これらは非常に高度な技術です。
「もうダメだ!」と思うような深い形に入っていても、そこからスルリと抜け出す選手がいます。この驚異的な粘りと技術による脱出劇は、攻める側にとっても観客にとっても衝撃的な瞬間です。
トランジション:次の技へ連鎖する動き
一流の選手は、一つの技が防がれたら、すぐに別の技へと移行(トランジション)します。これを「チェーンレスリング」や「コンビネーション」と呼びます。
【よくある連携の例】
1. 三角絞めを仕掛ける
2. 相手が頭を上げて防ぐ
3. すかさず伸びた腕を取って腕十字に切り替える
4. 相手が腕を引いたら、背中を取ってチョークへ移行する
このように、流れるように技がつながっていく様子は、まるでダンスや芸術のようです。一つ一つの技が独立しているのではなく、すべてが繋がっていることを意識して見ると、選手の思考の速さに驚かされるでしょう。
まとめ:サブミッションを理解して格闘技を楽しもう

今回は、格闘技における「サブミッション」について解説しました。単なる「降参」という意味を超えて、そこには人体構造を熟知した深い戦略と技術が詰まっています。
記事のポイントを振り返ってみましょう。
・サブミッションは相手を「降参(タップアウト)」させる技術のこと。
・大きく分けて「関節技」と「絞め技」があり、テコの原理や血流遮断を利用する。
・腕十字やリアネイキッドチョークなど、代表的な技の形を知ると観戦が楽しい。
・一発逆転の可能性を秘めており、最後まで勝敗が分からないスリルがある。
次に格闘技の試合を見るときは、ぜひ選手の手足の動きや、タップアウトを巡るギリギリの攻防に注目してみてください。「なぜ今、試合が終わったのか?」「今の動きのどこが凄かったのか?」が分かると、格闘技観戦の興奮は何倍にも膨れ上がります。
ちょっとした豆知識:
タップアウトの「タップ」は、もともとレスリング用語ではなく、工学や日常動作の「軽く叩く(Tap)」から来ています。言葉が通じない国際試合でも、床や相手を叩くというジェスチャーは世界共通の「降参」サインとして機能しています。
サブミッションの奥深い世界を知ることで、あなたの格闘技ライフがより充実したものになることを願っています。



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