「強くなりたい」「リングの上で輝きたい」……そんな憧れを抱いてキックボクシングを始める人は少なくありません。趣味で楽しむのも素敵ですが、練習を重ねるうちに「いつかはプロライセンスを取得して、プロのリングに立ってみたい」という目標が芽生えることもあるでしょう。
しかし、いざ「キックボクシング プロライセンス」について調べてみると、団体がたくさんあったり、テストの内容がわからなかったりと、疑問だらけで戸惑ってしまうかもしれません。実は、キックボクシングのプロ制度はボクシングとは少し異なる仕組みになっています。
この記事では、キックボクシングのプロライセンスを取得するための具体的な流れや試験内容、そしてプロになった後の現実までを、初心者の方にもわかりやすく丁寧に解説します。
キックボクシングのプロライセンスの仕組みと基礎知識
まずは、キックボクシングのプロライセンスがどのような仕組みで発行されているのか、その基礎知識を押さえておきましょう。ここを理解しておくと、自分がどのテストを受けるべきかが明確になります。
日本には「統一ライセンス」が存在しない
意外に思われるかもしれませんが、日本のキックボクシング界には、すべての選手を統括する「たった一つの統一組織」が存在しません。これがプロボクシングとの大きな違いです。
日本では多数の団体がそれぞれ独自に興行を行い、それぞれが独自のプロライセンスを発行しています。つまり、「キックボクシングのプロ」といっても、「どの団体のライセンスを持っているか」によって活動する場所が異なるのです。
【日本国内の主なキックボクシング団体・大会例】
・RISE(ライズ)
・K-1(ケイワン)
・NJKF(ニュージャパンキックボクシング連盟)
・新日本キックボクシング協会
・MA日本キックボクシング連盟
・KNOCK OUT(ノックアウト)
※他にも数多くの団体が存在し、それぞれが独自のランキングやタイトルを認定しています。
所属ジムが加盟する団体のテストを受ける
では、どの団体のライセンスを取ればいいのでしょうか。基本的には、「自分が所属しているジムが加盟している団体」のプロテストを受けることになります。
多くのキックボクシングジムは、特定の団体に加盟しています。例えば、あなたの通うジムが「RISE」に加盟しているなら、あなたはRISEのプロテストを受けて、RISEのプロ選手になるのが通常の流れです。
もし「どうしてもK-1の選手になりたい」という明確な目標がある場合は、最初からその団体に加盟しているジムに入会する必要があります。これからジムを探す方は、そのジムがどの団体に参加しているかを事前にチェックしておくと良いでしょう。
プロボクシング(JBC)との違いとは
よく比較されるのが「プロボクシング」です。プロボクシングの場合、国内では「日本ボクシングコミッション(JBC)」という唯一の機関がライセンスを管轄しています。そのため、どのジムにいても目指すライセンスは一つだけで、ルールも全国統一です。
一方、キックボクシングは団体ごとにルールが微妙に異なります。「ヒジ打ち」の有無や、「首相撲(相手を掴んでの膝蹴り)」の制限時間などが代表的な違いです。プロテストを受ける際は、自分が受ける団体のルールをしっかり把握しておく必要があります。
プロライセンス取得にかかる費用と有効期限
プロテストを受ける際や、合格してライセンスを発行してもらうには費用がかかります。団体によって金額は異なりますが、一般的な相場を知っておきましょう。
受験料(プロテスト費用):
おおよそ5,000円〜10,000円程度です。不合格だった場合でも返金はされません。
ライセンス発行料(登録料):
合格した後に支払う費用で、10,000円〜20,000円程度が相場です。これに加えて、毎年「更新料」がかかる場合がほとんどです。
また、受験時には健康診断書の提出が求められるため、病院での診断費用(血液検査など)も別途必要になります。トータルで数万円の出費になることを覚えておきましょう。
プロライセンス取得までの具体的な道のり

仕組みがわかったところで、次は実際にゼロからスタートしてプロライセンスを取得するまでの流れを見ていきましょう。単に強ければすぐに受けられるわけではなく、段階を踏む必要があります。
ジムに入会して基礎体力をつける
まずはキックボクシングジムに入会し、練習を開始します。最初は構え方、パンチやキックのフォーム、防御などの基礎を徹底的に学びます。
プロを目指すのであれば、「ダイエットコース」や「フィットネスコース」ではなく、選手育成を行っているコースや、スパーリング練習ができるクラスに参加する必要があります。週に1〜2回の練習ではなく、週4〜5回以上ジムに通い、走り込みなどで基礎体力を高めていく姿勢が求められます。
アマチュア大会で経験と実績を積む
ジムでの練習にある程度慣れてきたら、次は「アマチュア大会」に出場します。ヘッドギアやレガース(すね当て)などの防具をしっかり着けた状態で行われる安全面に配慮された試合です。
プロテストを受けるための条件として、「アマチュア大会での試合実績」を設けている団体が多くあります。例えば「アマチュアで○勝以上」「Aクラス(上級クラス)での勝利経験」などです。勝敗だけでなく、リングの上で落ち着いて動けるかどうかの経験値を積む大切な期間です。
ジムの会長から「Goサイン」をもらう
ここが非常に重要なポイントです。プロテストは、自分一人で勝手に申し込むことはできません。必ず「所属ジムの会長(代表者)の許可・推薦」が必要です。
会長は、あなたの技術や体力だけでなく、練習態度、礼儀、精神面なども見ています。「この選手ならプロとして恥ずかしくない試合ができる」「怪我をさせずにリングに上げられる」と判断されて初めて、プロテストへの挑戦が許されます。
【メモ】
技術があっても、練習をサボりがちだったり、挨拶ができなかったりすると、許可が下りないこともあります。日頃の振る舞いも評価対象だと考えましょう。
プロテストに申し込みを行う
会長からの許可が出たら、ジムを通じてプロテストの申し込みを行います。申込書に必要事項を記入し、受験料を添えて提出します。
プロテストは毎月開催されているわけではなく、年に数回(3〜4回程度)という団体も多いです。目標とする日程に合わせて減量やコンディション調整を行うため、試合に向けた調整と同じような緊張感を味わうことになります。
気になるプロテストの試験内容と合格基準
いよいよプロテスト本番の内容についてです。団体によって細部は異なりますが、大まかな流れは共通しています。何が行われ、どこが見られているのかを解説します。
書類審査と健康診断
まずは書類審査です。年齢や経歴などの基本情報のほか、最も重要なのが「健康状態」です。
プロ格闘家は体に大きな負担がかかるため、B型肝炎などの感染症検査(血液検査)の結果提出が必須となるのが一般的です。30代後半など年齢が高い受験者の場合、脳のCTやMRI検査の結果提出を求められることもあります。
筆記試験でルールや心構えを問われる
プロテストには筆記試験もあります。内容は主に、その団体の競技ルール(反則行為、採点基準、階級の体重など)や、プロとしての心構えについてです。
難易度はそれほど高くありません。事前に渡されるルールブックや過去問をしっかり読んでおけば合格できるレベルです。「筆記で落ちる」というケースは稀ですが、油断せずにルールを理解しておくことは、プロとして戦う上で自分の身を守ることにもつながります。
実技試験(スパーリング)が最大の難関
合否の9割を決めると言っても過言ではないのが、実技試験である「スパーリング」です。通常、ヘッドギアなどの防具を着用し、同じ受験者同士で2分〜3分を2ラウンド程度行います。
ここで見られているのは、「相手をKOすること」ではありません。むしろ、ガチャガチャとした喧嘩のような殴り合いはマイナス評価になることもあります。
- ガードが下がっていないか(防御技術)
- スタミナが切れていないか
- 基本通りのきれいなフォームで攻撃できているか
- 攻撃をもらっても心が折れずに立ち向かえるか
これらが総合的に審査されます。相手が強すぎる場合は、試験官の判断で途中で止められることもありますが、それでも上記のポイントが守れていれば合格の可能性は十分にあります。
合否を決めるポイントと合格率
合格基準を一言で言えば、「客からお金を取って見せる試合として成立するか」そして「プロのリングに上がっても大怪我をしないか」です。
一方的な展開になって防戦一方だったり、スタミナ不足で最後は立っているだけだったりすると不合格になります。合格率は団体やその時の受験者レベルにもよりますが、しっかりとジムで許可をもらってから受けている場合、50%〜70%程度で合格するケースが多いようです。
キックボクシングのプロライセンスに関する受験資格と年齢
「年齢的にまだ間に合うのか」「女性でもなれるのか」といった、受験資格に関する疑問にお答えします。
受験可能な年齢制限の下限と上限
プロテストを受けられる年齢は、一般的に「16歳以上」(中学生卒業後)からです。義務教育を終えていることが前提となります。
上限については、かつては「20代まで」「30代前半まで」と厳しく制限されていましたが、近年は緩和傾向にあります。30代後半や40代でも、健康診断の結果やスパーリングの内容が優れていれば合格できる団体が増えています。
ただし、年齢が上がるほど、健康診断(特に脳の検査)の基準が厳しくなったり、テストでのスタミナ審査が重視されたりすることは覚悟しておきましょう。
女性でもプロライセンスは取得できる?
もちろんです。近年、女子キックボクシングの人気は高まっており、多くの団体で女性のプロテストが実施されています。
試験内容は男子とほぼ同じですが、スパーリングの時間は少し短くなる(2分など)場合があります。女子だけの大会や階級も整備されてきており、女性がプロとして活躍するチャンスは広がっています。
視力や持病に関する規定について
視力については、裸眼またはコンタクトレンズ着用で一定の視力(0.5以上など)が必要です。ただし、コンタクトレンズを着用して試合をすることは禁止されている場合が多いため、視力が極端に悪い場合はレーシック手術などで矯正する選手もいます。
また、てんかん、心臓疾患、感染症などの持病がある場合は、安全管理の観点から受験できない規定になっていることがほとんどです。
経験年数の目安はどのくらい必要か
全くの未経験からプロライセンスを取得するまでの期間は、週4〜5回の真面目な練習を続けて、「早くて1年半〜3年程度」が目安です。
運動神経が良い人や他の格闘技経験者はもっと早く合格することもありますが、焦りは禁物です。中途半端な技術でプロになると、デビュー戦で大きな怪我をしたり、勝てずにすぐに辞めてしまったりする原因になります。ジムの会長と相談しながら、じっくり実力をつけることが遠回りのようで近道です。
晴れてプロになった後の活動と現実
プロテストに合格し、ライセンスが手元に届いた瞬間は格別の喜びです。しかし、そこはゴールではなく、厳しいプロの世界への入り口に過ぎません。ここでは、プロ合格後のリアルな事情についてお伝えします。
デビュー戦が決まるまでの流れ
ライセンスを取得したら、すぐに試合ができるわけではありません。ジムの会長が主催者(プロモーター)と交渉し、同じくらいのキャリア(デビュー戦同士や数戦のキャリア)の対戦相手を探します。
タイミングが合えば合格後2〜3ヶ月でデビューできることもありますが、半年以上待つことも珍しくありません。いつ試合が決まってもいいように、常に練習を続けてコンディションを維持しておく必要があります。
ファイトマネーとチケットノルマの仕組み
プロとしての活動で避けて通れないのが「お金」の話です。デビュー戦や新人選手のファイトマネーは、数万円(3万円〜5万円程度)が相場と言われています。これは現金で渡されることもあれば、「チケット払い」であることも多いです。
また、多くの興行には「チケットノルマ」が存在します。例えば、「5,000円のチケットを20枚売ってください」というものです。もし売り切れなければ、売れ残った分は選手(またはジム)が自腹で買い取ることになります。
友人に声をかけたり、SNSで宣伝したりしてチケットを売る努力も、新人プロ選手の大切な仕事の一つです。人気が出てチケットがたくさん売れるようになれば、その分が収入(バックマージン)となり、稼げるようになっていきます。
多くの選手が仕事をしながら活動している
上記の通り、デビューしたての頃はファイトマネーだけで生活することは困難です。日本のキックボクサーの大多数は、昼間は会社員やアルバイトとして働き、夜にジムで練習をする「兼業プロ」です。
仕事と厳しい練習、減量を両立させる生活はハードですが、それでもリングに上がる高揚感や勝利の喜びは、他では代えがたいものがあります。トップ選手になり、スポンサーがついたり、大きな大会に出られるようになったりすれば、格闘技一本で生活することも夢ではありません。
プロライセンスを持つことのメリット
厳しい現実もありますが、プロライセンスを持つことには大きな意味があります。
- 確かな実力の証明: 厳しいテストを突破した事実は、自分への自信となり、周囲からの信頼にもつながります。
- 特別な体験: 観客の前で名前をコールされ、リングの照明を浴びる経験は、プロにならなければ味わえません。
- セカンドキャリア: 将来インストラクターになったり、自分のジムを持ったりする際に、プロライセンスを持っていた経歴は大きな武器になります。
まとめ:キックボクシングのプロライセンスを目指すあなたへ

キックボクシングのプロライセンスについて、仕組みから取得後の現実まで解説してきました。要点を振り返りましょう。
- 統一ライセンスはない: 所属ジムが加盟する団体のテストを受けるのが基本。
- 会長の許可が必須: 技術だけでなく、練習態度や人間性も評価される。
- 最大の壁はスパーリング: スタミナと防御技術、心が折れないかが重要。
- 現実は甘くない: チケット販売などの営業努力も必要だが、得られる達成感は格別。
プロライセンスの取得は、決して簡単なことではありません。しかし、日々の練習を積み重ね、恐怖心に打ち勝ってテストに合格した証(ライセンス)は、一生の宝物になります。
もしあなたが迷っているなら、まずはジムの会長やトレーナーに「プロを目指してみたい」と相談してみてください。その一言から、あなたの新しい挑戦が始まります。



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