「世界最高峰の格闘技団体UFCで、最も熱い階級はどこか?」と聞かれたら、多くの格闘技ファンが「バンタム級」と答えるでしょう。軽量級ならではの目にも止まらぬスピードと、一撃で相手を沈める破壊力が共存するこの階級は、まさに「黄金の階級」として世界中で注目を集めています。
しかし、テレビや配信で見ている選手の体格と、公表されている「体重」に違和感を覚えたことはないでしょうか?「あんなに筋肉隆々なのに、本当にそんなに軽いの?」と疑問に思うのも無理はありません。実は、そこには格闘技特有の過酷な減量とリカバリーのドラマが隠されているのです。
この記事では、UFCバンタム級の正確な体重規定から、ボクシングや他団体との違い、そして選手たちが命がけで行う「水抜き」減量の裏側まで、初心者の方にもわかりやすく解説します。これを知れば、次回のUFC観戦が10倍面白くなること間違いなしです。
UFCバンタム級の体重規定と他競技との決定的な違い
まずは、UFCバンタム級の基本となる体重のルールについて解説します。「バンタム級」という名前はボクシングなど他の格闘技でも使われますが、実は競技によってその重さは全く異なります。
バンタム級のリミットは135ポンド(約61.2kg)
UFCのバンタム級(Bantamweight)の体重リミットは、135ポンドです。これをキログラムに換算すると、約61.2kgとなります。
日本では体重を「キログラム」で表すのが一般的ですが、アメリカ発祥のUFCでは「ポンド(lbs)」が基準です。そのため、60kgジャストや61kgジャストといったキリの良い数字ではなく、「61.2kg」という少し半端な数字がリミットになっています。
タイトルマッチとノンタイトル戦の「1ポンド」の差
UFCには、試合の重要度によって体重規定にわずかな違いがあることをご存知でしょうか?
通常の試合(ノンタイトル戦)では、規定体重にプラス1ポンド(約450g)までの超過が認められています。つまり、バンタム級のノンタイトル戦であれば、136ポンド(約61.7kg)までなら計量クリアとなります。
一方、チャンピオンベルトがかかった「タイトルマッチ」では、この1ポンドの猶予は一切認められません。王者になるためには、135.0ポンド(61.23kg)以下にきっちりと仕上げる必要があります。このわずか450gの差が、極限まで体を絞った選手にとっては天国と地獄の分かれ道になることもあり、タイトル戦の計量は常に緊張感に包まれます。
ボクシングのバンタム級とは約8kgも違う!
ここが最も誤解されやすいポイントですが、ボクシングのバンタム級とUFC(総合格闘技)のバンタム級は、全く別物です。
ボクシングのバンタム級のリミットは53.52kgです。これに対し、UFCのバンタム級は61.2kg。その差は約7.7kgにもなります。ボクシングの階級で言えば「ライト級(61.23kg)」に相当する重さです。
競技によるバンタム級の違い
| 競技 | 体重リミット | 特徴 |
|---|---|---|
| UFC (MMA) | 61.2kg (135lbs) | 筋肉量が多くフィジカルが強い |
| ボクシング | 53.5kg | 非常に軽量でスリムな体型 |
| RIZIN (MMA) | 61.0kg | UFCとほぼ同じだが200g軽い |
「日本のボクシング世界王者がUFCに転向!」といった話題が出た際、そのままバンタム級で戦えるかというと、体格差で圧倒的に不利になります。UFCのバンタム級選手は、ボクシングならライト級やスーパーライト級の骨格を持っていると考えた方がよいでしょう。
日本人選手にとっての「61.2kg」という壁と希望
日本人の平均的な体格を考えると、UFCのバンタム級は「適正階級」のように思えます。しかし、世界レベルで見るとこの階級の選手たちは身長170cm前後が多く、中には180cm近い長身選手もいます。
かつては「日本人は軽量級なら世界で勝てる」と言われていましたが、現在のUFCバンタム級は世界中の才能が集まる最激戦区です。フィジカル(身体能力)の強さが求められるため、単に体重を合わせるだけでなく、欧米や南米の選手に負けない筋力とフレーム(骨格)が必要とされています。それでも、堀口恭司選手をはじめ、多くの日本人ファイターがこの階級で世界への挑戦を続けています。
「黄金の階級」と呼ばれるバンタム級の戦い方と特徴

なぜUFCのバンタム級はこれほどまでに人気があり、「黄金の階級(Golden Division)」と呼ばれることがあるのでしょうか。それは、格闘技としての面白さが凝縮されているからです。
スピードと破壊力の絶妙なバランス
格闘技において、体重が軽ければスピードは出ますが、一撃で相手を倒すパワー(KO率)は下がります。逆に、体重が重ければパワーは増しますが、動きは緩慢になりがちです。
バンタム級の61.2kgという体重は、この「人間離れしたスピード」と「一撃失神のパワー」が両立するギリギリのラインと言われています。フライ級(56.7kg)よりもパンチの重みがあり、フェザー級(65.8kg)よりも動きが速い。この絶妙なバランスが、瞬き厳禁のスリリングな試合展開を生み出します。
「スクランブル」が多発するノンストップ・アクション
現代MMA(総合格闘技)の醍醐味の一つに「スクランブル」という攻防があります。これは、タックルに入られたり倒されたりした瞬間に、寝技に持ち込ませず素早く立ち上がったり、逆に体勢を入れ替えたりする激しい動きのことです。
バンタム級の選手は身体操作能力が非常に高いため、一度倒されても簡単には押さえ込まれません。猫のように回転して立ち上がり、すぐに打撃戦に戻る、あるいは流れるように関節技を仕掛ける。こうした攻守が目まぐるしく入れ替わる展開は、見ていて飽きることがありません。
5分3ラウンド(または5R)動き続けるスタミナ
重量級の試合では、1ラウンド目で全力を出し切ってしまい、後半はガス欠(スタミナ切れ)になることも珍しくありません。しかし、バンタム級のトップファイターたちは、心肺機能も怪物クラスです。
タイトルマッチの5分5ラウンド(計25分間)、一度もペースを落とさずに殴り合い、組み合い続ける試合も多く見られます。「無限のスタミナ」を持つ選手同士の戦いは、技術の削り合いとなり、非常にハイレベルなチェスのような攻防が繰り広げられます。
ストライカーとグラップラーの融合
かつては「打撃が得意な選手(ストライカー)」と「寝技が得意な選手(グラップラー)」がはっきりと分かれていました。しかし、現在のUFCバンタム級ランカーたちは、全員が「全てできる」ことが前提です。
ボクシング技術だけで勝てるほど甘くなく、レスリングだけで制圧できるほど相手も弱くありません。打撃の中にタックルを混ぜたり、タックルのフェイントからハイキックを放ったりと、技術が高度に融合しているのがこの階級の特徴です。
試合前の壮絶な戦い!減量とリカバリーの実態
UFCファイターが計量台に乗ったとき、その体はまるで彫刻のように絞り込まれています。しかし、試合当日のリング上では、一回りも二回りも大きく見えます。これは「水抜き」と「リカバリー」によるものです。
通常体重と試合体重のギャップは10kg以上?
バンタム級のリミットは61.2kgですが、選手の「通常体重(普段の体重)」は70kg〜75kg程度あるのが一般的です。
つまり、試合が決まってから当日までの間に、約10kg〜15kgもの減量を行っています。最初の数週間は食事制限とトレーニングで体脂肪を落としていきますが、脂肪だけで10kgを落とすのは至難の業であり、筋肉まで落ちてパフォーマンスが下がってしまいます。
「水抜き」と呼ばれる過酷な最終調整
そこで行われるのが、計量直前の「水抜き(Water Cutting)」です。
これは、体内の水分を極限まで排出して一時的に体重を落とす方法です。人間の体の約60%は水分でできています。選手たちは計量の数日前から大量の水を飲んで排出機能を高め、直前に水分摂取を断ちます。そして、サウナやお風呂、発汗スーツなどを使って体内の水分を数キログラム単位で絞り出します。
計量の瞬間の選手たちの頬がこけ、目が窪んでいるのは、脱水症状に近い状態にあるためです。これは命の危険も伴う行為であり、UFCでは専門の栄養士や医師の管理下で行うことが推奨されています。
計量後のリカバリーで体重は別人に
金曜日の朝に計量をパスすると、翌日土曜日の試合までは約30時間の猶予があります。ここで選手たちは、失った水分と栄養を急速に補給します。これを「リカバリー」と呼びます。
適切なリカバリーに成功すると、バンタム級の選手でも試合時には70kg近くまで体重が戻ることがあります。61.2kgで計量をパスした二人が、試合当日は70kg同士で戦っているわけです。このリカバリー能力(いかに体調を崩さず、体重を戻してパワーを出せるか)も、現代MMAにおける重要な実力の一部となっています。
※補足:カリフォルニア州などの規定
一部の州では、試合当日の体重増加率に制限を設けている場合があります(計量時から体重が増えすぎていると試合が中止になる、または階級を上げるよう勧告される)。過度な水抜きは脳へのダメージリスクを高めるため、近年は問題視される傾向にあります。
減量失敗(体重超過)の重いペナルティ
もし61.2kg(ノンタイトルなら61.7kg)をクリアできなかった場合、どうなるのでしょうか?
この場合、「体重超過(Weight Miss)」となり、試合は行われることが多いですが、厳しいペナルティが科されます。
一般的には、ファイトマネー(報酬)の20%〜30%を対戦相手に没収されます。また、勝っても公式記録上の勝利がつかない場合や、タイトルマッチなら王座獲得の権利を失うことになります。
プロフェッショナルとして「体重を作る」ことは最低限の義務ですが、限界ギリギリを攻めているため、トップ選手でも稀に失敗してしまうことがあるのです。
UFCバンタム級を彩る歴代スターと注目選手
体重や仕組みがわかったところで、実際にどんな選手たちがこの階級で戦っているのかを見ていきましょう。名前を知っておくと、ニュースを見るのが楽しくなります。
歴史を作ったレジェンド王者たち
UFCバンタム級の歴史を語る上で外せないのが、ドミニク・クルーズです。彼は独特なステップワークで「打たせずに打つ」スタイルを確立し、長期政権を築きました。彼の存在が、バンタム級を「技術の階級」へと押し上げました。
また、TJ・ディラショーのような変幻自在のストライカーや、オリンピック金メダリストから二階級制覇王者となったヘンリー・セフードなども、この階級のレベルを数段引き上げた重要人物です。
現在のトップランカーたちの顔ぶれ
現在のUFCバンタム級は、まさに群雄割拠の時代です。
- ショーン・オマリー (Sean O’Malley):
カラフルな髪型と派手な言動でスーパースターとなった選手。見た目だけでなく、スナイパーのような精度の高い打撃技術を持っています。 - メラブ・ドバリシビリ (Merab Dvalishvili):
「マシーン」の異名を持つジョージア出身の選手。無尽蔵のスタミナでタックルを仕掛け続けるスタイルで、相手の心を折るような戦いを見せます。
このように、キャラクターもファイトスタイルも全く異なる強豪たちがひしめき合っており、誰が王者になってもおかしくない状況が続いています。
日本人ファイターの現在地
UFCバンタム級における日本人の挑戦の歴史は、苦難と希望の歴史でもあります。
かつては水垣偉弥(みずがき たけや)選手が、トップランカーとして長く活躍し、世界の強豪と激闘を繰り広げました。彼はUFCバンタム級で日本人最多の勝利数を誇るパイオニアです。
現在期待されているのは、レスリングエリートからMMAに転向した中村倫也(なかむら りんや)選手です。「ROAD TO UFC」というトーナメントを圧倒的な強さで勝ち上がり、本契約を勝ち取りました。世界レベルのレスリング力と、高い身体能力を持つ彼が、どこまでランキングを駆け上がるかに注目が集まっています。
また、日本最大の団体RIZINで王者となり、UFCへの参戦を決めた選手たちの動向も常に見逃せません。日本のトップ選手がUFCの61.2kgの壁にどう挑むのかは、我々ファンにとって最大の関心事の一つです。
観戦がもっと面白くなる!バンタム級を楽しむポイント
最後に、実際にUFCバンタム級の試合を見る際に、どこに注目すればより楽しめるかを紹介します。
計量時のフェイスオフで調子を見極める
試合前日に行われる公開計量(セレモニアル・ウェイイン)は必見です。
ここで選手たちが向かい合う「フェイスオフ」では、闘志だけでなく、体調の良し悪しも見え隠れします。
- 肌に張りがあるか、カサカサしていないか
- 目がうつろになっていないか
- 足取りはしっかりしているか
バンタム級は減量が過酷なため、リカバリーに失敗すると動きにキレがなくなります。「昨日の計量では少し辛そうだったけど、今日は戻っているかな?」という視点で試合を見ると、1ラウンド目の攻防の意味が違って見えてくるはずです。
「スピード差」と「距離設定」に注目
試合が始まったら、両者の「距離」に注目してください。
バンタム級の選手は踏み込みのスピードが速いため、一瞬で距離を詰めてパンチを当てることができます。
リーチ(腕の長さ)が長い選手は遠くから戦おうとし、背の低い選手は懐に入ろうとします。この「見えないラインの奪い合い」こそが、バンタム級の高度な技術戦の正体です。一瞬のミスが命取りになる緊張感を味わってください。
まとめ UFCバンタム級 体重と魅力のポイント

UFCバンタム級について、体重の秘密から試合の見どころまで解説してきました。要点を振り返ってみましょう。
- 体重リミットは61.2kg(135ポンド)。
- ノンタイトル戦は+1ポンド(約450g)まで許容されるが、タイトル戦はジャストかアンダー必須。
- ボクシングのバンタム級(53.5kg)とは約8kgも違う「別競技」の重さ。
- 「水抜き」と「リカバリー」により、試合当日の体重は70kg近くまで戻ることもある。
- スピードとパワーが両立し、技術レベルが極めて高い「黄金の階級」。
61.2kgという数字の裏には、選手たちの想像を絶する努力と、最新のスポーツ科学、そして勝利への執念が詰まっています。次にUFCバンタム級の試合を見るときは、その絞り上げられた肉体と、スピード感溢れる攻防の奥にあるドラマをぜひ感じてみてください。



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