「キッキング・マシーン」の異名を持ち、世界中の格闘技ファンを熱狂させているムエタイ戦士、スーパーレック キアトモー9。日本の格闘技ファンにとっては、2024年1月に東京・有明アリーナで行われた「武尊(タケル)」選手との世紀の一戦が記憶に新しいのではないでしょうか。
あの激闘で武尊選手の足を破壊し、世界最高峰の実力を見せつけた彼の姿は、多くの人々に衝撃を与えました。しかし、彼の魅力はそれだけではありません。ムエタイの聖地タイでの輝かしい実績、アメリカでの衝撃的なKO勝利、そして階級を超えた飽くなき挑戦心など、知れば知るほどその奥深さに惹きつけられる選手です。
本記事では、スーパーレック キアトモー9のプロフィールや経歴、強さの秘密であるファイトスタイル、そして武尊選手やジョナサン・ハガティー選手との名勝負について、初心者の方にもわかりやすく詳しく解説していきます。なぜ彼が「最強」と呼ばれるのか、その理由を一緒に紐解いていきましょう。
スーパーレック キアトモー9のプロフィールと経歴
まずは、スーパーレック選手がどのような人物なのか、基本的なプロフィールとこれまでの歩みについて紹介します。彼が所属するジムや、偉大な叔父の存在など、彼を形成する重要な要素を見ていきましょう。
基本情報と「キッキング・マシーン」の異名
スーパーレック キアトモー9(Superlek Kiatmoo9)は、ムエタイの本場タイ出身のトップファイターです。リングネームの「スーパーレック」は、タイ語で「超小さい(Super Small)」という意味を持っているとも言われますが、リング上で見せる存在感は決して小さくありません。彼の最大の武器は何と言っても、高速かつ重厚な右ミドルキックです。その蹴りの連打があまりにも正確で強力なことから、「キッキング・マシーン(The Kicking Machine)」という異名で世界中に知られています。
身長は約171cmと、この階級の選手としては平均的なサイズですが、リーチ(腕の長さ)は180cm近くあり、手足の長さを活かした戦いを得意としています。普段の彼は非常に穏やかで、笑顔がチャーミングな好青年ですが、一度ゴングが鳴れば冷静沈着な殺し屋へと変貌します。このギャップもまた、多くのファンを魅了する理由の一つと言えるでしょう。
【スーパーレックの基本データ】
・本名:マナチャイ・イアムシリ
・生年月日:1995年11月6日
・出身地:タイ・ブリーラム県
・身長 / 体重:171cm / フライ級〜バンタム級
・所属ジム:キアトモー9ジム
・構え:オーソドックス(右構え)
ムエタイの名門「キアトモー9」ジムと叔父シンダム
スーパーレック選手のリングネームの後ろについている「キアトモー9(Kiatmoo9)」は、彼が所属するジムの名前です。タイのムエタイ選手は、自分の名前の後ろに所属ジムの名前をつけるのが一般的です。このキアトモー9ジムは、タイの東北部ブリーラム県にある名門ジムで、数々の名選手(ナックムエ)を輩出してきました。ブリーラム県はムエタイ選手を多く生み出す地域として知られており、ハングリー精神旺盛な選手たちが日々厳しいトレーニングに励んでいます。
そして、スーパーレック選手を語る上で欠かせないのが、彼の叔父であり、ムエタイの伝説的な王者である「シンダム・キアトモー9」の存在です。シンダムは、その強烈な右ミドルキックで「日本人の腕を破壊した」という逸話を持つほどの強豪で、ルンピニー・スタジアム認定王座をはじめ数々のタイトルを獲得しました。スーパーレック選手は幼い頃からこの偉大な叔父の背中を見て育ち、その技術と精神を受け継ぎました。彼が「キッキング・マシーン」と呼ばれるようになったのも、叔父譲りの右ミドルキックの強さがあったからこそなのです。
幼少期からムエタイエリートへの道のり
スーパーレック選手がムエタイを始めたのは8歳の頃でした。祖父に連れられてジムを訪れたのがきっかけで、すぐにその才能を開花させました。タイの田舎の貧しい家庭に育った多くの少年たちと同様に、彼にとってもムエタイは家計を助け、自らの人生を切り開くための手段でした。しかし、彼は単なる「生活のためのムエタイ」の枠を超え、卓越したセンスで勝ち星を積み重ねていきました。
わずか数週間のトレーニングで初試合を行い、その後も順調にキャリアを重ねていった彼は、すぐにバンコクのメジャースタジアムでも注目される存在となりました。10代の頃からルンピニー・スタジアムなどの権威あるリングで活躍し、「ムエ・フィームー(テクニシャン)」としての地位を確立。2012年にはタイ・スポーツ局が選出する「ムエタイ最優秀選手賞(MVP)」を受賞するなど、若くしてタイの国技であるムエタイの頂点に登り詰めました。この「ムエタイエリート」としての強固な土台が、現在のONEチャンピオンシップでの活躍に繋がっています。
圧倒的な強さの秘密!スーパーレックのファイトスタイル

スーパーレック選手がなぜこれほどまでに強いのか。その秘密は、洗練された技術と高いファイトIQ(戦闘知能)にあります。ここでは、対戦相手を絶望させる彼の具体的なテクニックについて解説します。
相手を破壊する右ミドルキックの威力
スーパーレック選手の代名詞とも言えるのが、右のミドルキックです。彼の蹴りは単に「速い」「重い」だけでなく、「見えにくい」という特徴があります。予備動作が極端に少なく、脱力した状態から鞭のようにしなって放たれるため、相手は防御のタイミングを掴むことができません。さらに、彼は相手がパンチを打とうとした瞬間や、少しでもガードが下がった瞬間を逃さずに蹴り込みます。
この右ミドルキックは、相手の腕(ガード)を破壊し、呼吸を乱し、戦う意志を削ぎ落とします。武尊選手との試合でも、この右の蹴りが勝負の行方を大きく左右しました。キックボクシングのルールでは腕でブロックしてもポイントにはなりにくいですが、何度も受け続けることで腕が上がらなくなり、攻撃のリズムが作れなくなるのです。まさに「マシーン」のように正確無比に繰り出されるこの蹴りは、対戦相手にとって悪夢そのものです。
近距離でも強い!ムエタイ特有の首相撲とヒジ打ち
「キッキング・マシーン」という名前から蹴り技ばかりに注目しがちですが、スーパーレック選手は近距離での戦い、いわゆる「首相撲(クリンチ)」や「ヒジ打ち」の名手でもあります。相手が蹴りを嫌がって距離を詰めてきたとしても、彼は巧みに相手の首をコントロールし、バランスを崩して転倒させたり、至近距離から鋭いヒジを叩き込んだりします。
特にヒジ打ちは、相手の皮膚を切り裂いて流血によるドクターストップを狙うことも、脳を揺らしてKOを奪うこともできる危険な武器です。ムエタイルールでの試合では、このヒジ打ちの存在が相手に強烈なプレッシャーを与えます。遠距離ではミドルキック、近距離ではヒジとヒザ。どの距離でも相手を倒す武器を持っていることが、彼の強さの底知れない部分です。
相手を完封する鉄壁のディフェンス技術
攻撃力だけでなく、防御力の高さもスーパーレック選手の特徴です。彼は「ムエ・フィームー(万能型のテクニシャン)」の代表格であり、相手の攻撃を見切る目が非常に優れています。相手が攻撃を仕掛けてきても、スウェー(上体を反らす動き)やバックステップで紙一重でかわし、すぐに反撃に転じます。
また、相手の蹴りをスネでブロックする「カット」の反応速度も凄まじく、なかなかクリーンヒットを許しません。決して無理に打ち合うことはせず、自分の有利な距離とタイミングで戦うことを徹底しているため、試合運びが非常に安定的です。「打たせずに打つ」という格闘技の理想を体現しており、対戦相手は「何をしても当たらない」「自分の攻撃がすべて見透かされている」という絶望感に襲われることになります。
スーパーレックの名勝負!武尊(タケル)戦を振り返る
日本の格闘技ファンにとって、スーパーレック選手の名前を深く刻み込んだのは、やはり2024年1月の「ONE 165」での武尊選手との一戦でしょう。この試合は、日本格闘技界の至宝・武尊選手が、世界最強のムエタイ王者に挑むという図式で大きな注目を集めました。
試合決定の経緯とロッタンの代役出場
実は、当初武尊選手の対戦相手として予定されていたのは、同じくタイのスター選手である「ロッタン・ジットムアンノン」でした。しかし、試合直前にロッタン選手が怪我により欠場することになり、急遽代役として白羽の矢が立ったのが、当時ONEキックボクシング世界フライ級王者だったスーパーレック選手でした。
「ロッタンが見たかった」というファンの声もありましたが、専門家の間では「スーパーレックの方が相性が悪く、武尊にとって危険な相手」という見方が大半でした。サウスポー対策をしていた武尊選手に対し、オーソドックスのスーパーレック選手への変更、しかも準備期間はわずか。この極めて困難な状況の中で、タイトルマッチとして行われたこの一戦は、開始前から緊張感に包まれていました。
武尊の太ももを破壊したローキック地獄
試合が始まると、スーパーレック選手は徹底して右ローキックを多用しました。武尊選手の前進を止めるために、太ももへの重いローキックを何度も何度も蹴り込みました。武尊選手も不屈の闘志で前に出続け、パンチの連打でスーパーレック選手を追い詰める場面も作りましたが、スーパーレック選手は冷静に距離を取り、要所で強烈なヒザ蹴りやミドルキックを返しました。
特に後半、武尊選手の太ももは紫色に腫れ上がり、立っているのがやっとの状態に見えましたが、それでも倒れない武尊選手の精神力と、それを冷徹に攻め続けるスーパーレック選手の技術の攻防は、見る者の心を揺さぶりました。結果は判定3-0でスーパーレック選手の勝利。彼の作戦遂行能力の高さと、どんな状況でも崩れないスタミナが証明された試合でした。
判定勝利後の称え合いと日本での反応
激闘を終えたリング上で、両者は互いに座礼をして健闘を称え合いました。試合後のマイクでスーパーレック選手は「武尊は本当に強かった。彼のハートは信じられないほど強い」と敬意を表しました。一方の武尊選手も、完敗を認めつつも、世界トップの壁を肌で感じたことを語りました。
この試合後、日本のSNSやメディアでは「スーパーレック強すぎる」「あんなローキック見たことない」「世界にはまだこんな化け物がいるのか」と、その強さに驚愕する声が溢れました。同時に、アウェイの地でも礼儀正しく振る舞う彼の人柄に、多くの日本人ファンが好感を持ちました。この一戦を通じて、スーパーレック選手は日本でも「最強の王者」として認知されることになったのです。
世界を震撼させたハガティー戦と2階級制覇
武尊戦の勝利でその名を轟かせたスーパーレック選手ですが、彼の快進撃は止まりませんでした。2024年9月、アメリカ・デンバーで行われた「ONE 168」で、さらなる伝説を作り上げました。
敵地アメリカでの挑戦と下馬評
この大会でスーパーレック選手が挑戦したのは、ONEムエタイ・バンタム級王者のジョナサン・ハガティー選手(イギリス)でした。ハガティー選手は当時、ノング・オーやファブリシオ・アンドラージといった強豪を次々とKOし、手がつけられないほどの勢いを持っていた王者です。しかも、スーパーレック選手にとっては1階級上のバンタム級への挑戦であり、開催地はハガティー人気の高いアメリカ。
試合前の予想は拮抗しており、「体格とパワーで勝るハガティーが有利ではないか」という声も少なくありませんでした。ハガティー選手の激しいファイトスタイルに対し、テクニシャンのスーパーレック選手がどう捌くかが焦点となっていました。
わずか49秒!衝撃のカウンターヒジ打ちKO
しかし、試合は誰も予想しなかった結末を迎えました。第1ラウンド開始直後、積極的に攻めてきたハガティー選手に対し、スーパーレック選手は冷静に対応。そして開始からわずか49秒、ハガティー選手が踏み込んでワンツーを打ってきた瞬間に、スーパーレック選手がカウンターの右ヒジ(縦ヒジ)を一閃。
この一撃が完璧に顎を捉え、ハガティー選手は前のめりにダウン。そのまま立ち上がることができず、スーパーレック選手のKO勝利が決まりました。あまりにも鮮やかすぎる決着に、会場は騒然とし、その後大歓声に包まれました。武尊戦で見せた「判定で完封する強さ」とは対照的な、「一撃で終わらせる強さ」を見せつけた瞬間でした。
2階級制覇達成の瞬間とパウンド・フォー・パウンド
この勝利により、スーパーレック選手は「ONEフライ級キックボクシング世界王者」に加え、「ONEバンタム級ムエタイ世界王者」の座も手に入れ、2階級かつ2種目(キックとムエタイ)の同時制覇という偉業を成し遂げました(※当時)。
異なるルール、異なる階級で世界王座を獲得したことで、彼は名実ともに世界最強のストライカーの一人として認められました。格闘技界には、階級を超えて誰が一番強いかを議論する「パウンド・フォー・パウンド(PFP)」という概念がありますが、スーパーレック選手こそがその筆頭候補であると、多くの専門家が称賛しました。
ライバル・ロッタンとの因縁と友情
スーパーレック選手を語る上で避けて通れないのが、同時代のもう一人のスター、ロッタン・ジットムアンノン選手との関係です。二人は長年、タイのムエタイ界を牽引してきたライバルであり、親友でもあります。
過去の対戦成績と名勝負数え歌
二人の対戦は、ONEチャンピオンシップのリングで2023年9月に実現しました。「ONE Friday Fights 34」のメインイベントとして組まれたこの試合は、ムエタイの歴史に残る激闘となりました。結果はスーパーレック選手がダウンを奪い、判定勝利を収めましたが、試合内容は一進一退の攻防が続き、どちらが勝ってもおかしくないハイレベルなものでした。
実はこの試合の前日計量でスーパーレック選手が体重超過をしてしまい、ノンタイトル戦(キャッチウェイト)として行われたという経緯があります。そのため、ファンの中では「完全な状態での再戦が見たい」という声が今も根強く残っています。
リングを降りれば仲良し?二人の意外な関係性
リング上では激しく殴り合う二人ですが、プライベートでは非常に仲が良いことで知られています。一緒にサッカーをしたり、SNSでお互いの投稿に冗談を言い合ったりと、まるで兄弟のような関係です。しかし、一度試合が決まれば一切の情を捨てて戦うことができるのも、彼らが真のプロフェッショナルである証拠です。
ロッタン選手が「破壊のカリスマ」なら、スーパーレック選手は「技術の達人」。対照的なスタイルを持つ二人だからこそ、そのライバル関係はより輝きを増し、ムエタイという競技の魅力を世界に広めているのです。
今後の展望とスーパーレックの次なる戦い
2025年11月現在、スーパーレック選手は新たな局面を迎えています。最強の王者として君臨し続ける一方で、新たな強敵たちの出現や、階級変更によるコンディション調整の難しさといった壁にも直面しています。
フライ級とバンタム級の防衛ロードと苦難
2階級制覇を成し遂げたスーパーレック選手でしたが、その防衛ロードは平坦ではありませんでした。2025年3月には、長身の新星ナビル・アナン選手とのバンタム級ムエタイ王座防衛戦が組まれましたが、ここでまさかの計量オーバー。王座を剥奪された上で行われた試合でも、アナン選手の規格外のリーチに苦しみ、判定で敗れるという屈辱を味わいました。
さらに、2025年11月に行われた日本大会「ONE 173」では、日本の空手界出身の強豪・与座優貴(よざ ゆうき)選手と対戦。この試合でも、与座選手の強烈なローキックとプレッシャーの前に苦戦を強いられ、判定で敗北を喫しました。かつて「難攻不落」と思われたスーパーレック選手にも、攻略の糸口が見つかりつつあるのかもしれません。
日本人選手との再戦や新たなマッチメイク
与座選手への敗北は、日本のファンにとっては衝撃であり、同時に大きな希望となりました。「スーパーレックは無敵ではない」ということが証明された今、武尊選手との再戦や、他の日本人トップファイターとの対戦の機運が再び高まっています。また、王座を取り戻すためにナビル・アナン選手へのリベンジマッチや、親友ロッタン選手との完全決着など、彼を取り巻くストーリーはまだまだ尽きることがありません。
連敗を喫したとはいえ、彼が世界最高峰の実力者であることに変わりはありません。この苦境を乗り越え、さらに進化した「ニュースーパーレック」として復活するのか。それとも新たな世代に王座を譲るのか。彼の次の一挙手一投足に世界中が注目しています。
まとめ:スーパーレック キアトモー9は進化し続ける伝説の王者

スーパーレック キアトモー9という選手について、その経歴から強さの秘密、そして最新の試合結果まで解説してきました。ムエタイの伝統を受け継ぐ美しいテクニック、相手を破壊する右ミドルキック、そして世界王者になってもなお挑戦を続ける姿勢は、多くの人々に勇気と興奮を与えてくれます。
武尊選手との激闘で日本中に名を知らしめ、ハガティー選手を秒殺KOして世界を驚愕させ、そして現在は新たなライバルたちの挑戦を受けて立つ立場にあります。勝利も敗北もすべて糧にし、格闘技の奥深さを体現し続けるスーパーレック選手。彼の戦いはまだ終わっていません。これからの復活劇と、次なる名勝負に期待しましょう。



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