総合格闘技(MMA)の試合を見ていると、「フェザー級」や「ライト級」といった言葉を必ず耳にします。なぜ細かく体重を分ける必要があるのでしょうか?実は、この「階級」こそが、選手たちの安全を守り、公平でスリリングな試合を生み出すための最も重要なルールなのです。
体重がわずか数キロ違うだけで、パンチの威力や組み技の圧力は劇的に変化します。この記事では、総合格闘技における階級の仕組みや、団体ごとの違い、そして選手たちが挑む過酷な減量の裏側について、やさしく解説していきます。
総合格闘技階級の基本と存在理由

格闘技において「体重」は、単なる数字以上の意味を持ちます。重ければ重いほど、相手に与える衝撃は大きくなり、組み付いた時の圧力も強くなるからです。まずは、なぜ階級という制度が厳格に定められているのか、その根本的な理由から見ていきましょう。
公平な試合を実現するための仕組み
もし体重制限がなければ、体の大きな選手が圧倒的に有利になってしまいます。格闘技では「体重差は実力差」と言われるほど、フィジカルの優位性は勝敗に直結します。技術が同じレベルであれば、重い選手が勝つ可能性が極めて高いのです。
階級制度は、この体格差による不公平をなくすために作られました。同じくらいの体重の選手同士が戦うことで、純粋に「技術」や「スピード」、「戦略」を競い合うことができるようになります。観客にとっても、どちらが勝つか分からない緊張感のある試合を楽しむことができます。
選手の安全を守るための役割
階級のもう一つの、そして最も重要な目的は「選手の安全」です。例えば、60kgの選手が100kgの選手のパンチを受ければ、その衝撃は計り知れません。脳や内臓へのダメージは深刻なものになり、最悪の場合は命に関わる事故につながる恐れがあります。
かつての格闘技界では無差別級の試合も行われていましたが、現在ではスポーツとしての安全性が重視され、厳格な体重管理が義務付けられています。ドクターやコミッション(管理委員会)が監視することで、危険なミスマッチを防いでいるのです。
階級が変わると試合展開はどう変わる?
面白いことに、階級によって試合の「色」は全く異なります。軽量級(フライ級やバンタム級など)は、目にも止まらぬスピードと豊富なスタミナが特徴で、手数が多いスピーディーな攻防が魅力です。
一方、重量級(ヘビー級など)になればなるほど、一発の重みが増します。たった一発のパンチで試合がひっくり返るような、緊張感あふれるKOシーンが多く見られます。中量級はそのバランスが良く、技術・パワー・スピードの全てが高い次元で融合した試合が見られる傾向にあります。
世界標準「ユニファイドルール」の階級一覧

現在、世界中の多くの団体が採用しているのが「ユニファイドルール(統一ルール)」です。世界最大の団体であるUFCもこの基準を採用しており、アメリカのポンド(lb)法を基準に設定されています。ここでは、主要な階級を重い順に紹介します。
ヘビー級からライトヘビー級
最も重い階級である「ヘビー級」は、120.2kg(265ポンド)以下と定められています。下限は93.0kgですが、基本的にはこの階級のリミットギリギリまで体を大きくした大男たちが戦います。まさに「人類最強」を決める戦いと言えるでしょう。
その一つ下の「ライトヘビー級」は93.0kg(205ポンド)以下です。ヘビー級に劣らないパワーを持ちながら、動きのキレも兼ね備えた選手が多く集まります。日本人選手にとっては体格的にかなり厳しい階級であり、世界への挑戦が高い壁となっている領域でもあります。
ミドル級・ウェルター級・ライト級
このあたりの中量級は、世界的に最も競技人口が多く、激戦区として知られています。「ミドル級」は83.9kg(185ポンド)以下、「ウェルター級」は77.1kg(170ポンド)以下です。パワーと技術のバランスが取れたスター選手が多く生まれる階級です。
そして「ライト級」は70.3kg(155ポンド)以下です。日本人の体格の大きな選手や、海外の平均的な体格の選手がひしめき合っています。スピード、スタミナ、パワーの全てが求められ、一瞬のミスが命取りになるようなハイレベルな攻防が繰り広げられます。
フェザー級・バンタム級・フライ級
軽量級は、日本人選手が世界で活躍しやすい階級帯です。「フェザー級」は65.8kg(145ポンド)以下、「バンタム級」は61.2kg(135ポンド)以下となります。このクラスになると、動きの速さが際立ち、複雑な寝技の展開もスピーディーに行われます。
男子の最軽量級である「フライ級」は56.7kg(125ポンド)以下です。驚異的なスタミナと回転力のある打撃が特徴で、5ラウンド動き続けても止まらない運動量は圧巻です。小柄な選手でも、技術次第で世界を獲れるチャンスがある階級です。
ユニファイドルールの主な階級表
・ヘビー級:-120.2kg
・ライトヘビー級:-93.0kg
・ミドル級:-83.9kg
・ウェルター級:-77.1kg
・ライト級:-70.3kg
・フェザー級:-65.8kg
・バンタム級:-61.2kg
・フライ級:-56.7kg
女子の階級(ストロー級・フライ級・バンタム級)
女子格闘技も近年急速に人気が高まっています。UFCなどで採用されている主な階級は、軽い順に「ストロー級」(52.2kg以下)、「フライ級」(56.7kg以下)、「バンタム級」(61.2kg以下)です。
女子選手は男子に比べて体が柔らかい傾向があり、関節技の攻防や柔軟性を活かした動きが特徴的です。特にストロー級やフライ級は選手層が厚く、技術レベルの向上も目覚ましいものがあります。
日本と世界の団体の違い(RIZIN・ONEなど)

「ユニファイドルール」が世界標準ですが、全ての団体が全く同じ体重設定ではありません。特に日本のRIZINや、アジア最大のONE Championshipには独自のルールやこだわりがあります。
日本のRIZINにおける階級設定
日本のRIZINは、ユニファイドルールに近いものの、計量しやすい「キログラム(kg)」での区切りを採用しています。例えば、ユニファイドのバンタム級が61.2kgなのに対し、RIZINのバンタム級は61.0kgジャストに設定されています。
また、フェザー級は66.0kg、ライト級は71.0kgといったように、基本的にはキリの良い数字になっています。わずかな差に見えますが、減量末期の選手にとって200g〜300gの差は非常に大きく、この違いが調整に影響を与えることもあります。
ONE Championshipの独自ルールと水抜き禁止
シンガポールを拠点とするONE Championshipは、選手の安全を最優先に考えた画期的なシステムを導入しています。それは「過度な水抜き減量の禁止」です。選手の尿の比重を検査し、体内の水分量が正常値でないと試合に出場できません。
そのため、ONEの階級は他の団体より実質1階級上の体重設定になっています。例えば、ONEの「フライ級」のリミットは61.2kgです。これはUFCでいう「バンタム級」と同じ体重です。名称は同じでも体重が異なるため、観戦する際は注意が必要です。
その他の団体やキャッチウェイトについて
時には、正規の階級とは異なる体重で試合が組まれることもあります。これを「キャッチウェイト(契約体重)」と呼びます。例えば、急なオファーで減量が間に合わない場合や、異なる階級の選手同士が戦う際に、間を取った体重(例:68kg契約など)を設定します。
キャッチウェイトは柔軟に試合を組めるメリットがありますが、タイトルマッチなどの公式記録としては扱われないことが一般的です。ファンが見たいドリームマッチを実現するための特別な処置とも言えるでしょう。
格闘家が行う過酷な減量とリカバリー

試合前日の計量シーンで、頬がこけ、フラフラになっている選手を見たことがあるかもしれません。なぜ彼らはそこまでして減量をするのでしょうか?ここでは、一般の人には想像できない過酷な「水抜き」と「リカバリー」の世界について解説します。
通常体重と契約体重の違い
多くの格闘家は、試合時の階級よりも5kg〜10kg、多い人では15kg以上も重い「通常体重」で生活しています。試合が決まると、食事制限やトレーニングで脂肪を落とし、最後に水分を抜いて契約体重に合わせます。
なぜ普段からその体重にしておかないのかというと、筋肉量を維持し、練習の質を保つためです。また、計量後に水分と食事を摂って体重を戻す(リカバリーする)ことで、試合当日は対戦相手よりも重い体で戦い、パワーで優位に立とうとする戦略的な理由があります。
水抜き減量のメカニズムとリスク
減量の最終段階で行われるのが「水抜き」です。人間の体の約60%は水分ですが、選手は半身浴やサウナスーツでの運動によって、体内の水分を極限まで排出します。これにより、短時間で数キロの体重を落とすことが可能です。
しかし、これは非常に危険な行為でもあります。脱水症状により腎臓への負担がかかるだけでなく、脳の水分も減るため、打撃を受けた際のダメージが深刻化しやすくなります。そのため、ONEのように水抜きを禁止する動きも出てきているのです。
計量後のリカバリーとその重要性
無事に計量をパスした瞬間から、戦いは「リカバリー」へと移ります。選手は経口補水液や炭水化物を摂取し、萎んでしまった体に水分とエネルギーを急速に戻します。成功すれば、計量時より5kg以上増えた状態でリングに上がることができます。
リカバリーの成功例
計量時:61kg(バンタム級)
↓
試合当日:68kg前後
このように体重を大きく戻すことで、パンチの重さやフィジカルの強さを最大限に発揮します。
ただし、急激に食べ過ぎると胃腸を壊したり、体が重くなりすぎて動きが鈍くなったりすることもあります。リカバリーの失敗はそのまま敗北につながるため、ここでもプロフェッショナルな調整能力が問われます。
階級変更が選手に与える影響

選手としてのキャリアの中で、階級を上げたり下げたりすることは珍しくありません。これを「転向」と呼びますが、そこには大きなメリットとリスクが存在します。
階級を上げるメリットとデメリット
階級を上げる(例:フェザー級からライト級へ)最大のメリットは、減量の苦しみから解放されることです。コンディションが良い状態で試合に臨めるため、スタミナが向上し、打たれ強くなることもあります。
一方で、デメリットは「相手が大きくなる」ことです。上の階級の選手は骨格も一回り大きく、パワーの差に圧倒されてしまうことがあります。スピードで翻弄できれば勝機はありますが、フィジカル差で押し潰されるリスクと常に隣り合わせです。
階級を下げるメリットとデメリット
逆に階級を下げる(例:ライト級からフェザー級へ)狙いは、自分より体の小さい相手と戦うことで、パワーやリーチ(手足の長さ)の優位性を活かすことにあります。「適正階級」を見つけるために下げる選手は多いです。
しかし、減量が過酷になるという大きなデメリットがあります。無理な減量はスタミナ切れや、打たれ弱さ(あごの耐久力の低下)を招きます。計量はパスできても、試合当日に動けなくなってしまっては本末転倒です。
2階級制覇などの偉業について
総合格闘技において、異なる階級でチャンピオンになる「2階級制覇」は、とてつもない偉業です。それは、全く異なる体格やスピードの相手に対応し、勝利したことを証明するものだからです。
UFCのコナー・マクレガーや、RIZINの堀口恭司のように、複数階級を制覇する選手は歴史に名を残すスターとなります。階級の壁を越える挑戦は、ファンにとって最も興奮するドラマの一つです。
まとめ:総合格闘技階級を知れば観戦がもっと楽しくなる

総合格闘技における「階級」について、その仕組みや背景にあるドラマを解説してきました。最後に、今回のポイントを振り返ります。
まず、階級は公平性と安全性を守るために不可欠なルールであるということ。体重が同じだからこそ、純粋な技術のぶつかり合いが生まれます。そして、世界標準の「ユニファイドルール」を中心に、日本のRIZINやONE Championshipなど、団体によって独自の規定や文化があることも重要です。
また、試合前に行われる「減量とリカバリー」は、選手にとって最初の戦いです。計量をパスした瞬間の安堵の表情や、試合当日の体の戻り具合に注目すると、観戦の深みがぐっと増すはずです。
「この選手は本来の階級より下げて挑戦しているのか」「リカバリーでどれくらい大きくなっているのか」といった視点を持つことで、今まで以上に総合格闘技を楽しめるようになるでしょう。



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