水抜きとは格闘技で勝つための戦略か?その仕組みとリスク

知識・ルール・用語集

格闘技の試合前日、選手たちがゲッソリと頬がこけた状態で計量台に乗る姿を見たことはありませんか?そして不思議なことに、翌日の試合リング上では、別人のように筋肉が張り、体が大きくなっていることに気づくかもしれません。

これが格闘技界で長年行われてきた「水抜き」という過酷な減量法の正体です。単なるダイエットとは一線を画し、数時間で数キログラムもの水分を体から絞り出すこの行為は、勝利への執念が生んだ戦略であると同時に、常に死と隣り合わせの危険な賭けでもあります。なぜ彼らはそこまでして体重を落とすのか、そしてその裏側で体には何が起きているのか。

この記事では、格闘技における水抜きの全貌を、専門的な知識を交えながらわかりやすく解説します。

格闘技における「水抜き」とは?基礎知識と目的

格闘技ファンであれば「水抜き」という言葉を一度は耳にしたことがあるでしょう。しかし、それが具体的にどのような生理学的メカニズムで行われ、一般的なダイエットと何が違うのかを正確に理解している人は多くありません。まずは、この行為の基本的な定義と、選手たちがこれを行う目的について深掘りしていきます。

体内の水分を一時的に排出するプロセス

人間の体は、成人であれば約60%が水分で構成されています。体重60kgの人であれば、約36kgが水分ということになります。「水抜き」とは、この体内に蓄えられた水分を、短期間で意図的に体外へ排出させることで、数値上の体重を急速に減らす手法を指します。

具体的には、サウナや半身浴で大量の汗をかいたり、水分の摂取を極端に制限したりすることで、体から「水」だけを抜いていきます。これは脂肪を燃焼させるわけではないため、体の構成要素そのものが減るわけではありません。あくまで、計量という「一瞬の通過点」をクリアするためだけに、体をスポンジのように絞りきる行為なのです。トップ選手になると、わずか1日〜2日で5kg以上の水分を抜くことも珍しくありません。これは一般人が真似をすれば即座に病院へ運ばれるレベルの脱水状態であり、プロの格闘家だからこそ耐え得る、極めて特殊な技術とも言えます。

脂肪を落とす「減量」との決定的な違い

一般的に私たちがイメージする「減量」や「ダイエット」は、体脂肪を燃焼させて体重を落とすことを指します。これは数週間から数ヶ月単位で食事管理や有酸素運動を行い、徐々に脂肪細胞を小さくしていく作業です。一方で、格闘技の試合直前に行われる「水抜き」は、これとは全く異なるプロセスです。

多くの格闘家は、試合が決まるとまず数週間かけて「脂肪を落とす減量」を行います。これを「ドライアウト」の前段階と呼びます。そして、体脂肪が極限まで落ち、これ以上脂肪を削れない状態になってから、最後の数日間で「水抜き」を行います。つまり、脂肪を落とす減量は「長期的な体組成の変化」であり、水抜きは「短期的な水分の移動」なのです。この二つを混同していると、なぜ計量後にあんなにも早く体重が戻るのかが理解できません。脂肪はすぐには戻りませんが、水は飲めばすぐに体に戻るからです。この性質を利用しているのが、格闘技特有の減量法なのです。

計量パス直後の「リカバリー」で体重を戻す

水抜きの最大の目的は、計量をパスした直後に水分と栄養を補給し、体重を本来の数値に戻す「リカバリー」にあります。計量は通常、試合の前日に行われます。計量台の上で規定の体重をクリアさえしてしまえば、そこから試合開始までの約24時間から30時間は、体重を増やすことが許される時間となります。

選手たちは計量が終わった瞬間、用意していたドリンクを一気に、しかし慎重に飲み始めます。このリカバリーによって、例えば60kg契約の階級で計量をパスした選手が、翌日のリング上では70kg近くまで戻っているという現象が起きます。つまり、公式記録上は60kg級の選手ですが、実質的には70kgのフィジカルを持って戦うことになります。このように、一時的に縮めた体を急速に膨らませ、対戦相手よりも大きな体で戦うための戦略的な工程が、水抜きとリカバリーのセットなのです。この戻し幅が大きければ大きいほど有利とされてきましたが、近年ではそのリスクも見直されつつあります。

なぜ格闘家は過酷な水抜きを行うのか

健康を害するリスクがあり、精神的にも肉体的にも極限の苦しみを味わう水抜き。それでもなお、なぜ多くの格闘家はこのプロセスを選択するのでしょうか。そこには、勝利に対する貪欲なまでの執念と、格闘技という競技の物理的な特性が深く関係しています。

階級制スポーツにおける「フィジカル」の優位性

格闘技は基本的に体重別の階級制スポーツです。これは、体重が重い方が絶対的に有利であるという物理法則に基づいています。運動エネルギーの公式が示すように、質量(体重)が大きければ大きいほど、相手に与える衝撃力は増大します。また、組み技の攻防においては、重い方が相手を抑え込みやすく、軽い方は脱出するために余計なスタミナを消費させられます。

もし、通常体重(ナチュラルウエイト)が70kgの選手が、減量をせずに70kg級に出場した場合、対戦相手が通常体重80kgから水抜きで70kgに落としてきた選手だったらどうなるでしょうか。計量時は同じ70kgでも、試合当日は相手が80kgに戻り、自分は70kgのまま。

この10kgの差は、大人と子供ほどのフィジカル差となって現れます。打撃の重さ、耐久力、押し合う力、すべてにおいて不利になります。そのため、選手たちは「自分が落とせる限界の階級」まで体重を下げ、少しでも体格の有利を作ろうとするのです。これが、水抜きがなくならない最大の理由です。

水分が抜けた状態と戻った状態のカラクリ

水抜きを行う選手たちが目指しているのは、単に体重計の数値を誤魔化すことだけではありません。彼らは人体の生理機能を逆手に取った、ある種の「ハッキング」を行っています。体内の水分が抜けると、血液の濃度が高まり、ドロドロの状態になります。この状態は生命維持にとって危機的状況ですが、計量さえパスすれば、今度は体が水分を渇望する状態になります。

この「乾いたスポンジ」のような状態を利用して、水分と共に炭水化物(グリコーゲン)を筋肉に急速に充填します。グリコーゲンは水と結びつく性質があり、1gのグリコーゲンに対して約3gの水分を蓄え込みます。この性質を利用して、萎んでいた筋肉を一気にパンプアップさせ、通常時以上の張りや出力を得ようとする選手もいます。うまくいけば、減量前よりも研ぎ澄まされた肉体で試合に臨むことができるのです。しかし、これは諸刃の剣であり、失敗すればコンディション不良で自滅することになります。

精神力を極限まで試す儀式としての側面

科学的・戦略的な理由の他に、格闘家特有の精神的な理由も無視できません。多くのファイターにとって、減量は試合前の「儀式」のような意味合いを持っています。食欲と飲水欲という、人間の根源的な欲求と戦い、それに打ち勝つことで、「自分はこれだけのことを乗り越えたんだ」という強烈な自信を得ることができます。

水抜きの最中は、一滴の水さえも貴重に感じられ、意識が朦朧とする中で自分自身と向き合うことになります。この極限状態を突破し、計量台で相手と向かい合った時、苦しい減量を耐え抜いたという事実は精神的な鎧となります。「相手より苦しい思いをしたのだから、試合で負けるはずがない」という自己暗示をかけるために、あえて過酷な減量を選ぶ選手も少なくありません。これは非科学的に見えるかもしれませんが、メンタルが勝敗を大きく左右する格闘技においては、非常に重要な要素の一つとなっているのです。

具体的な水抜きの方法とスケジュール

では、実際に選手たちはどのようにして数キロもの水分を短期間で抜くのでしょうか。ここでは、多くのプロ格闘家が実践している一般的な手法と、そのタイムラインについて解説します。ただし、これは高度な専門知識とトレーナーの監視下で行われるものであり、一般の方が決して真似をしてはいけない危険な行為であることを念頭に置いて読み進めてください。

準備段階:大量の水を飲む「ウォーターローディング」

水抜きは、いきなり水を飲むのを止めるわけではありません。実は、その逆から始まります。試合の1週間ほど前から、選手は1日に6リットルから8リットル、多い選手ではそれ以上の大量の水を飲み始めます。これを「ウォーターローディング」と呼びます。

ウォーターローディングの仕組み
大量の水を摂取し続けると、体は「水分が過剰に入ってくる」と認識し、尿として排出する機能を活性化させます。具体的には、水分の再吸収を促すホルモン(アルドステロンや抗利尿ホルモン)の分泌が抑制され、利尿作用が高まります。

この「排尿モード」になった体を作ることが、後の水抜きの成功を左右します。数日間この状態を維持し、体がどんどん水を出すように仕向けておくのです。この期間、選手はトイレに行く回数が劇的に増え、常に透明な尿が出続ける状態になります。体の中に水を溜め込まないサイクルの準備が整うと、次の段階へ進みます。

実行段階:塩分カットと半身浴・サウナ

計量の2〜3日前になると、大量の水分摂取は続けながら、今度は食事から「塩分(ナトリウム)」を完全にカットします。塩分には水分を体内に保持する働きがあるため、塩分を抜くことで体は水分を留めておくことができなくなります。ウォーターローディングで高まった利尿作用と、塩分カットによる水分保持能力の低下が合わさり、体内の水分は面白いように外へ出ていきます。

そして計量の24時間〜18時間前、いよいよ水分摂取を断ちます(水抜き開始)。しかし、体はまだ「大量に水を出すモード」のままなので、水を飲まなくても尿が出続けます。これだけで1〜2kg落ちることもあります。さらに、ここから物理的な排出作業に入ります。サウナスーツを着ての有酸素運動、熱いお風呂に浸かる半身浴、サウナなどを繰り返し、汗として水分を絞り出します。この段階では、選手は唾液も出なくなり、声もかすれ、肌は乾燥して紙のようになっていきます。

最終調整:唾液まで出し切る過酷な調整

計量当日の朝、リミットまであと数百グラムという段階になると、もはや汗さえ出にくくなります。血液中の水分が減少し、体温調節機能が限界に達しているためです。ここで選手たちが行う最終手段が「唾液抜き」です。

ガムを噛んで無理やり唾液腺を刺激し、出た唾液を飲み込まずに全て吐き出します。唾液も水分と電解質を含んでいるため、これを繰り返すことで100g、200gと微調整を行います。また、最後の最後に下剤を使って腸内の水分を排出する選手もいますが、これはコンディションを著しく悪化させるため、最近では避けられる傾向にあります。計量会場に現れる選手たちが、ガムを噛んでいたり、ペットボトルに液体を吐き出していたりするのは、この最後の数グラムを削り取る作業を行っているからなのです。

命に関わる?水抜きに潜む危険性と副作用

ここまで説明した通り、水抜きは人体の生理機能を無視した極めて不自然な行為です。当然、そこには重大な健康リスクが潜んでいます。実際、海外の格闘技団体やアマチュアレスリングなどでは、減量中の死亡事故も発生しており、その危険性は医学的にも警告されています。

脳の水分減少による「打たれ弱さ」とダメージ

水抜きで最も恐ろしいリスクの一つが、脳への影響です。脳は頭蓋骨の中で「脳脊髄液」という液体に浮いた状態で守られています。この液体はクッションの役割を果たし、外部からの衝撃を和らげています。しかし、極度の脱水状態になると、この脳脊髄液も減少してしまいます。

クッションが減った状態で頭部に打撃を受けるとどうなるでしょうか。脳は頭蓋骨の内側に直接ぶつかりやすくなり、脳震盪(のうしんとう)や脳内出血のリスクが跳ね上がります。計量をパスして水分を補給しても、脳脊髄液が完全に元の量に戻るまでには時間がかかると言われています。その結果、普段なら耐えられるパンチで簡単に倒れてしまったり(グラスジョー化)、引退後にパンチドランカーの症状が出やすくなったりする可能性が高まると指摘されています。

腎臓への負担と熱中症のリスク

腎臓は血液をろ過して尿を作る臓器ですが、水分が不足するとろ過機能に莫大な負担がかかります。血液が濃縮されてドロドロになると、腎臓の細かい血管が詰まりやすくなり、最悪の場合「急性腎不全」を引き起こす可能性があります。一度壊れた腎機能は完全には回復しないことも多く、若くして人工透析が必要になるリスクさえあります。

また、水抜き中にサウナやお風呂で体を温め続ける行為は、熱中症のリスクと隣り合わせです。汗が出なくなるまで脱水した状態で高温環境にいると、体温調節ができなくなり、深部体温が危険なレベルまで上昇します。意識障害や痙攣を起こして倒れ、そのまま命を落とす事故は、この熱中症(熱射病)によるものが大半です。一人で水抜きを行わず、必ずセコンドやトレーナーが付き添うのは、倒れた時にすぐに救急車を呼べるようにするためでもあります。

パフォーマンス低下と長期的な健康被害

「減量には成功したが、試合には負けた」という言葉が格闘技界にはあります。これは、過酷な水抜きによって体力を削りすぎてしまい、試合当日に力が入らなくなったり、スタミナが切れてしまったりする状態を指します。筋肉中の水分と電解質が不足すると、足がつりやすくなるだけでなく、反応速度の低下や判断力の鈍化を招きます。

さらに、長期間にわたって急激な増減量を繰り返すことで、代謝機能が壊れてしまうこともあります。引退後に急激に太りやすくなったり、摂食障害に苦しんだりする元選手も少なくありません。若い頃は無理が利いても、年齢を重ねるにつれて内臓へのダメージは蓄積されていきます。水抜きは、将来の健康という「前借り」をして、今の勝利を得ようとする行為であることを忘れてはいけません。

勝敗を左右する「リカバリー」の重要性

計量パスの瞬間の「パス!」というコールを聞いた時、選手たちは安堵の表情を浮かべますが、戦いはまだ終わっていません。むしろ、ここからの「リカバリー」こそが、翌日の試合のパフォーマンス、ひいては勝敗を決定づけると言っても過言ではありません。乾ききった体にどのように水分と栄養を戻していくのか、そこには緻密な科学とルールが存在します。

経口補水液と炭水化物の黄金ルール

計量直後、喉が渇いているからといって真水をガブ飲みすることは絶対にNGです。塩分やミネラルが枯渇した体に真水を入れると、血液中のナトリウム濃度がさらに薄まり、「水中毒」と呼ばれる状態に陥る危険があるからです。また、胃腸も弱っているため、急に大量の液体を入れると嘔吐や激しい腹痛を引き起こします。

正解は、OS-1(オーエスワン)などの経口補水液を、少しずつ、噛むように飲むことです。これらは体液に近い浸透圧で作られているため、素早く体に吸収されます。水分と同時に重要なのが炭水化物です。先述の通り、炭水化物(糖質)は水分を抱き込んで筋肉に蓄えられる性質があります。お粥やうどん、エネルギーゼリーなど、消化が良く糖質の多いものを摂取し、水分を筋肉に定着させていきます。これを丁寧に行うことで、しぼんだ筋肉が再び膨らみ、爆発的なパワーを生み出せる状態に戻るのです。

点滴(IV)禁止のルールとその理由

かつては、計量直後に点滴(IV)を打って、強制的に水分と栄養を血管に流し込む方法が主流でした。しかし現在、UFC(世界最大の総合格闘技団体)やUSADA(米国アンチドーピング機関)の管轄下など、多くの主要団体で点滴によるリカバリーは原則禁止されています。

理由は主に二つあります。一つは「ドーピング隠し」に使われる可能性があること。点滴で血液を薄めることで、禁止薬物の痕跡を消そうとする行為を防ぐためです。もう一つは、点滴を使えば過度な水抜きが可能になってしまうため、選手の安全を守るために「口から飲んで回復できる範囲の減量」に留めさせるためです。点滴禁止ルールにより、以前のような無茶な水抜きは難しくなり、より安全な減量幅に収めるよう選手たちに圧力がかかっています。

胃腸に負担をかけずに段階的に戻す食事法

リカバリー中の食事は、まさに時間との戦いです。試合までの限られた時間内で、いかに多くのエネルギーを詰め込めるか。しかし、食べ過ぎれば消化不良で翌日の動きが重くなります。選手たちは、計量直後、その2時間後、就寝前、翌朝、試合昼食と、分刻みのスケジュールで食事を摂ります。

理想的なリカバリー食の例
・計量直後:経口補水液、バナナ、ハチミツ、エネルギーゼリー
・1〜2時間後:お粥、うどん、鶏のささみ(消化の良いタンパク質)
・NGなもの:脂っこい肉、食物繊維の多い野菜、カフェイン(利尿作用があるため)

特に脂質は消化に時間がかかるため、試合前は極力避けます。選手によっては、自分が最も調子が良くなる「勝負メシ」を決めていることもあります。鰻を食べる選手、パスタを食べる選手など様々ですが、共通しているのは「消化吸収の効率」を最優先している点です。このリカバリーの成功度合いが、リング上でのスピードとパワーに直結します。

世界的な規制の動きとこれからの格闘技

水抜き減量は、格闘技の歴史と共に歩んできましたが、近年そのあり方が大きく問われています。選手の生命を守るため、そして競技の公平性を保つために、世界中で新しいルールや規制が導入され始めています。

ONEチャンピオンシップが導入した「尿比重検査」

シンガポールを拠点とするアジア最大の格闘技団体「ONEチャンピオンシップ」は、水抜き減量に対して最も厳しい規制を敷いていることで有名です。きっかけは、減量中の選手が脱水症状で亡くなるという痛ましい事故でした。これを機に、ONEでは「水抜きによる急激な減量」を実質的に禁止するシステムを導入しました。

それが「尿比重検査(ハイドレーションテスト)」です。試合の数日前から計量当日まで、選手の尿の濃度を検査します。脱水して尿が濃くなっている状態(比重が高い状態)では、いくら体重が規定をクリアしていても計量パスとは認められません。つまり、「水分をたっぷりとった健康な状態」で体重をクリアしなければならないのです。これにより、選手たちは普段の体重に近い階級(本来の適正階級)で戦うことを余儀なくされました。

選手の安全を守る「通常体重」での試合へ

ONEのようなシステムは、まだ全ての団体に普及しているわけではありませんが、流れは確実に「安全第一」へと向かっています。アメリカのボクシングコミッションや総合格闘技の大会でも、試合当日の体重増加幅に制限を設けたり(例:計量時から10%以上増やしてはいけない)、抜き打ちで体重チェックを行ったりするケースが増えています。

これにより、無理やり下の階級に落とすのではなく、自分の「通常体重(ナチュラルウエイト)」に近い階級で戦う選手が増えてきました。これは選手の健康を守るだけでなく、スタミナ切れのない、よりアグレッシブでハイレベルな試合を観客に提供することにも繋がります。無理な減量でフラフラの選手同士が戦うよりも、万全のコンディションの選手同士がぶつかり合う方が、競技としての魅力が高いことは間違いありません。

私たちが観戦時に知っておくべき視点

格闘技を観戦する際、「なぜ昨日の計量と体が違うの?」「なぜスタミナが切れるのが早いの?」といった疑問を持つことがあるかもしれません。その背景には、これまで解説してきたような壮絶な水抜きとリカバリーのドラマがあります。

選手がリングに上がるまでには、対戦相手との戦い以前に、体重計との孤独で過酷な戦いがあります。その背景を知ることで、一発のパンチの重みや、最終ラウンドまで動き続けるスタミナの凄さが、より深く理解できるはずです。これからの格闘技界は、極端な水抜きを排除し、より健康的で純粋な強さを競う時代へと進化していくでしょう。ファンとしても、選手の健康とパフォーマンスが両立される環境を支持していく視点が大切です。

まとめ

格闘技における「水抜き」について、その仕組みからリスク、そして最新の事情までを解説してきました。要点を振り返りましょう。

【記事のポイント】

水抜きとは:体内の水分を一時的に排出し、短時間で体重を落とす手法。脂肪を落とす減量とは異なる。

目的:計量をパスした後、水分補給(リカバリー)で体重を戻し、体格差の有利を作って戦うため。

方法:ウォーターローディングで排尿を促し、直前で塩分と水分を断ち、サウナなどで汗を出し切る。

リスク:脳へのダメージ増大、急性腎不全、熱中症など、命に関わる危険性が高い。

未来:ONEチャンピオンシップの尿比重検査など、過度な水抜きを規制し、安全な「通常体重」での試合を推奨する動きが世界的に加速している。

水抜きは、勝利への執念が生み出した究極の調整法ですが、それは同時に選手生命、あるいは人生そのものを削りかねない諸刃の剣です。華やかなリングの上で輝く選手たちの肉体は、こうしたギリギリの調整の上に成り立っています。この事実を知れば、次の試合観戦が今までとは違った深みを持って見えてくるはずです。格闘技は、リングに上がる前からすでに始まっているのです。

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