「ONEチャンピオンシップのフライ級は、なぜUFCのバンタム級と同じ体重なの?」
格闘技を見始めたばかりの方が最初に直面する疑問が、この「階級(体重)のズレ」ではないでしょうか。
シンガポールを拠点とする世界的な格闘技団体「ONE Championship(ワン・チャンピオンシップ)」は、選手の健康と安全を最優先に考え、格闘技界の常識を覆す独自の計量システムを採用しています。これこそが、他の団体と階級の名称やリミット体重が異なる最大の理由です。
この記事では、ONE階級の仕組みから、独自の水抜き禁止ルール、そして各階級で活躍する注目選手まで、初心者の方にもわかりやすく解説します。この知識があれば、試合観戦がもっと奥深く、面白いものになるはずです。
ONE階級の基本ルールと独自の水抜き禁止システム
ONEチャンピオンシップが他の格闘技団体と決定的に違うのは、「減量のために体内の水分を極端に抜く行為(水抜き)」を禁止している点です。まずは、この画期的なシステムの背景と仕組みについて解説します。
選手の命を守るために生まれた「ハイドレーションテスト」
かつて格闘技界では、前日計量をパスするためにサウナや入浴で体内の水分を限界まで絞り出し、計量後に点滴などで急激に回復させる「水抜き減量」が一般的でした。しかし、この方法は内臓や脳へのダメージが大きく、死亡事故につながる危険性も孕んでいました。
2015年、ある選手の減量中の不幸な事故をきっかけに、ONEは選手の安全を第一に考えた改革を行いました。それが「ハイドレーション(水分量)テスト」の導入です。選手は試合数日前から、体重だけでなく「尿比重値」を検査されます。体内の水分が正常な状態(十分な水分が保たれている状態)でなければ、いくら体重が規定内でも計量をパスすることはできません。
「通常体重」に近い状態で戦うための仕組み
このシステムにより、選手たちは「脱水状態で無理やり体重を合わせる」ことができなくなりました。その結果、ONEの選手たちは、普段の練習時の体重(通常体重)に近い状態で試合に臨むことになります。
一般的に、水抜き減量では5kg〜10kgほどの水分を一気に抜くことがあります。ONEではその「水抜き分」を考慮し、他の団体の同じ階級名よりも、体重リミットが重めに設定されています。つまり、選手が健康的に動ける体重のまま、適切な階級に振り分けられるようになっているのです。
計量失敗時の厳しいペナルティとキャッチウェイト
ハイドレーションテストは非常に厳格です。もし尿比重の数値がクリアできなければ、その時点で体重測定に進むことすら許されません。水分を摂取して数値を正常に戻してから、再度体重を測る必要があります。
もし最終的に体重や水分量が規定に届かなかった場合は、試合が中止になるか、対戦相手の合意を得て「キャッチウェイト(契約体重)」での試合に変更されます。この場合、計量に失敗した選手にはファイトマネーの没収などのペナルティが課されます。この厳格なルールがあるからこそ、選手たちは日頃から節制し、健康的な体を維持することが求められるのです。
ONE階級一覧と他団体(UFC・RIZIN)との比較

ここでは、ONEの階級設定を一覧で紹介します。日本のRIZINやアメリカのUFCと比較すると、同じ「○○級」という名前でも、実際の体重が異なることがわかります。この違いを理解することが、ONE観戦の第一歩です。
ONE独自の階級体重表(男子)
ONEの階級は、他団体の同じ階級名と比べて「1階級分」重く設定されているのが特徴です。わかりやすく比較表にまとめました。
| 階級名 | ONEのリミット体重 | 一般的な世界基準(UFC等) |
|---|---|---|
| ストロー級 | 56.7kg | 52.2kg |
| フライ級 | 61.2kg | 56.7kg |
| バンタム級 | 65.8kg | 61.2kg |
| フェザー級 | 70.3kg | 65.8kg |
| ライト級 | 77.1kg | 70.3kg |
| ウェルター級 | 83.9kg | 77.1kg |
| ミドル級 | 93.0kg | 83.9kg |
| ライトヘビー級 | 102.1kg | 93.0kg |
| ヘビー級 | 120.2kg | 120.2kg |
「フライ級」の認識ズレに注意
表を見てわかる通り、最も混乱しやすいのが軽量級です。例えば、日本のRIZINやK-1で「60kg〜61kg」といえばバンタム級やスーパーフェザー級に近い扱いですが、ONEではこの体重域が「フライ級」と呼ばれます。
もしあなたが「フライ級(約57kg)の選手」を応援していて、その選手がONEに移籍した場合、ONEの「フライ級(61.2kg)」で戦うと体格差で不利になる可能性があります。そのため、移籍した選手の多くは、名称にとらわれず「自分のベスト体重(57kg)」に該当する「ONEストロー級」を選ぶことになります。
重量級の区分とダイナミックな試合
ウェルター級以上になると、体重差の数字も大きくなってきます。特にライトヘビー級やヘビー級は、欧米の大型選手が多く参戦する激戦区です。
ONEのヘビー級は102.1kg〜120.2kgと設定されています。水抜きがない分、選手たちはナチュラルな筋肉の鎧をまとってリングに上がります。動きが鈍くなるような無理な増量ではなく、動ける体のままサイズアップしている選手が多いため、重量級とは思えないスピーディーな展開が見られるのもONEの特徴です。
各階級で活躍する注目選手と競技種目の違い
ONEの面白い点は、同じ階級の中で「MMA(総合格闘技)」「ムエタイ」「キックボクシング」「サブミッション・グラップリング」という4つの異なる競技が行われることです。ここでは、主要な階級の勢力図や注目選手を紹介します。
日本人選手が輝くストロー級・フライ級
軽量級はアジアの選手が最も輝く舞台です。特に日本人が多く活躍しているのがこの周辺の階級です。
フライ級(61.2kg)は、ONEの中でも屈指の人気階級です。ムエタイ部門では、圧倒的な破壊力を持つ「破壊神」ロッタン・ジットムアンノン選手が長年トップに君臨しており、日本の武尊選手が挑戦したことでも大きな話題になりました。MMA部門でも、若松佑弥選手などスピードと技術を兼ね備えた日本人が世界王座を狙っています。
ストロー級(56.7kg)は、さらに小柄ながら敏捷性に優れた選手たちが集まります。元K-1王者の日本人選手などが参戦することもあり、緻密な技術戦が楽しめる階級です。
世界レベルの怪物が集うバンタム・フェザー級
中軽量級にあたるバンタム級(65.8kg)やフェザー級(70.3kg)は、世界中の猛者が集まる「最も層が厚い」階級と言われています。
フェザー級のキックボクシング部門では、チンギス・アラゾフ選手やスーパーボン選手といった、技術・パワー共に最高峰のストライカーたちがしのぎを削っています。ここに日本の野杁正明選手らが挑む構図は、まさに世界最高レベルの打撃戦です。MMAでは、高いフィジカル能力を持つ韓国や欧米の選手が入り乱れ、一瞬も目が離せない試合が続きます。
圧倒的破壊力の重量級と複数階級制覇
ONEには、複数の階級を同時に制覇する「とんでもない怪物」が存在します。その象徴と言えるのが、ロシアのアナトリー・マリキン選手です。
彼はヘビー級、ライトヘビー級、ミドル級という3つの階級でMMA世界王者となり、史上初の3階級制覇を成し遂げました(※執筆時点)。水抜き禁止システムのおかげで、選手は自分の体調に合わせて階級を行き来しやすく、こうした偉業が生まれやすい土壌があるとも言えます。
ONE階級システムがもたらすメリットと変化
独自の階級システムは、単に数字が違うだけではありません。これにより、選手のパフォーマンスや試合の質にポジティブな変化が生まれています。
スタミナ切れが減り、動きが止まらない
従来の格闘技では、過酷な減量から回復しきれず、試合後半にスタミナが切れて動きが鈍くなる選手が少なくありませんでした。しかしONEでは、選手が十分に水分を摂った健康な状態でリングに上がります。
その結果、最終ラウンドまでスピードが落ちず、アグレッシブな攻防が続く試合が多くなりました。「ガス欠」による凡戦が減り、観客にとってもエキサイティングな試合が増えるというメリットにつながっています。
脳へのダメージ軽減と選手寿命
脳は水分で守られていますが、脱水状態ではその保護機能が低下し、打撃による脳へのダメージが深刻化しやすいと言われています。水抜きを禁止することは、選手の脳を守り、引退後の人生や選手寿命を延ばすことにも寄与しています。
ONEが提唱するこの「安全第一」の理念は、世界中の格闘技団体にも影響を与え始めており、将来的にはこのシステムがグローバルスタンダードになる可能性も秘めています。
ONE階級を楽しむための観戦ポイント
最後に、ONEの試合をより楽しむための観戦のコツをいくつか紹介します。階級の知識があるだけで、実況解説の聞こえ方も変わってくるはずです。
「2スポーツ王者」というロマン
ONEでは、同じ階級でMMAとムエタイの両方のベルトを巻く「2スポーツ王者」を目指す選手がいます。例えば、スタンプ・フェアテックス選手は、かつてキックボクシングとムエタイの女王でありながら、MMAでも王座を獲得し「3スポーツ王者」という前人未到の偉業を成し遂げました。
「この選手は立ち技(打撃)最強だけど、MMAルールでグラップラー(組み技選手)相手にどう戦うのか?」といった視点は、ONEならではの楽しみ方です。
実況の「体の厚み」発言に注目
実況や解説者が「体の厚みが違いますね」と話すことがあります。これは、水抜きなしでナチュラルに仕上げてきた選手の肉体的な充実度を指していることが多いです。
無理な減量で頬がこけ、目がくぼんだ選手ではなく、ツヤのある肌と張り詰めた筋肉を持つ選手同士がぶつかり合う。その迫力と音の重さは、ONEのハイドレーションシステムが生み出す「健全な激突」の証と言えるでしょう。
まとめ

ONEチャンピオンシップの階級は、単に体重の区分けが違うだけでなく、選手の命と健康を守るための「水抜き禁止(ハイドレーションテスト)」という確固たる理念に基づいています。
ONE階級の要点チェック
・他団体より実質「1階級上」の体重設定になっている。
・試合前に尿比重検査(水分チェック)をクリアする必要がある。
・日本で言う60kg級は、ONEでは「フライ級」に該当する。
・選手は健康的な状態で戦えるため、試合の質が高い。
他団体との「名前と体重のズレ」さえ理解してしまえば、これほどエキサイティングでクリーンな格闘技団体はありません。ぜひこの知識を片手に、世界最高峰の戦いを楽しんでください。



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