「ストロー級?なんだか弱そう……」「フライ級って、あのハエのこと?」「スーパーとジュニアって結局どっちが重いの?」
ボクシング中継を見ていると、耳慣れないカタカナ言葉の数々に首をかしげたことはないでしょうか。中には直訳すると少しおかしな意味になるものや、一見すると強さとは無縁に思える名前もあり、「ボクシングの階級名はひどい」なんて言われてしまうこともあります。しかし、実はその一つひとつに、意外な歴史や動物へのリスペクト、そして時には感動的なエピソードが隠されているのです。
この記事では、つい誰かに話したくなる階級名の由来や、複雑すぎる「スーパー」と「ジュニア」の謎を、やさしく丁寧に解説します。
ボクシングの階級の名前が「ひどい」と言われる理由とは
そもそも、なぜボクシングの階級名は「ひどい」「わかりにくい」と言われてしまうのでしょうか。その背景には、日本人には馴染みの薄い英単語のニュアンスや、歴史の中で増えすぎた階級の複雑さが関係しています。
直訳すると意味が変?動物や虫の名前
最初に初心者が驚くのは、虫や動物の名前がそのまま階級名になっていることではないでしょうか。「フライ(Fly)」はハエ、「バンタム(Bantam)」は鶏の一種です。格闘技といえば、虎やライオン、鷲(ワシ)といった強そうな動物をイメージしがちですが、ボクシングではなぜか「ハエ」や「ニワトリ」が登場します。
「世界チャンピオン」という偉大な称号に対して、「ハエ級の王者」と直訳してしまうと、どうしても迫力に欠けると感じてしまう人が多いようです。また、「フェザー(羽毛)」や「ストロー(わら)」など、あまりにも軽くて脆そうな物質が名前になっていることも、「ひどいネーミングだ」と揶揄される一因となっています。
「スーパー」や「ジュニア」で混乱する
ボクシングをさらにややこしくしているのが、「スーパー」と「ジュニア」という接頭語の存在です。例えば、「スーパーバンタム級」と「ジュニアフェザー級」は、実は団体によって呼び方が違うだけで、同じ体重の階級を指すことがあります。
一般的に「スーパー」がつくと「超〜」「〜より上」という意味で強そうなイメージになりますが、「ジュニア」がつくと「子供」「〜より下」というイメージになりがちです。同じ階級なのに、ある団体では強そうに呼ばれ、ある団体では未熟そうに呼ばれる。この統一感のなさが、ファンを混乱させています。
そもそも階級が細かすぎるという声
現在、プロボクシングには全部で17もの階級が存在します。最も軽いミニマム級からヘビー級まで、刻まれている体重差はわずか1〜2キログラム程度ということも珍しくありません。
一般人の感覚からすると「ご飯を食べて水を飲んだら変わるくらいの差」に見えるため、「そんなに細かく分ける必要があるの?」「チャンピオンを増やすための金儲けでは?」といった批判的な意見が出ることもあります。こういった「乱立する階級」へのネガティブな感情が、名前への違和感と結びついている側面もあるのです。
軽い階級のユニークな名前の由来
ここからは、具体的な階級名の意味と由来を紐解いていきましょう。まずは、日本人が最も活躍している軽量級(軽いクラス)からです。一見「ひどい」と思える名前も、由来を知ると納得できるものが多くあります。
最軽量!ミニマム級とストロー級
ボクシングで最も軽い階級(47.62kg以下)は、団体によって呼び名が異なります。WBAやWBCでは「ミニマム級」、IBFやWBOでは「ミニフライ級」と呼ばれることが多いですが、かつては「ストロー級」が一般的でした。
「ストロー(Straw)」とは、ジュースを飲むストローではなく、「藁(わら)」のことです。藁のように細くて軽い、という意味で名付けられました。「藁級」と聞くと確かに頼りなさそうですが、これ以上ないほど無駄な肉を削ぎ落とした肉体を表現しているとも言えます。現在は「最小限」を意味する「ミニマム(Minimum)」という呼称が定着しつつあり、響きとしては少しカッコよくなりました。
蠅(ハエ)が由来のフライ級
50.80kg以下の階級である「フライ級」。これは文字通り、昆虫の「ハエ(Fly)」に由来します。この名前がついたのは19世紀末頃と言われていますが、その理由は「ハエのようにうるさく飛び回り、捕まえにくいから」という説や、単に「とても小さいことの比喩」という説があります。
実はフライ級が定着する前には、「ペーパー級(紙級)」という名前も候補にあったそうです。「紙」よりは、動き回る「ハエ」の方が、ボクサーのイメージには合っていたのかもしれません。
日本人初の世界王者である白井義男さんや、具志堅用高さんが活躍したのもこの周辺の階級です。ハエと言うと悪いイメージですが、リング上での彼らの動きは、まさに目にも留まらぬ速さ。相手を翻弄するスピードスターの称号だと思えば、悪くない名前です。
鶏(ニワトリ)が登場するバンタム級
53.52kg以下の「バンタム級」。この「バンタム(Bantam)」とは、ニワトリの品種である「バンタム種(チャボ)」のことです。普通のニワトリよりも小型ですが、非常に気が強く、自分より大きな相手にも果敢に向かっていく性質を持っています。
昔のボクシング関係者たちは、小柄なボクサーたちがリング上で激しく打ち合う姿を見て、「まるでバンタム(闘鶏)のようだ!」と称賛しました。つまり、バンタム級という名前には「小さくても闘争心は誰にも負けない」という、熱いリスペクトが込められているのです。「チキン(臆病者)」という意味ではなく、「ファイティング・ルースター(戦う雄鶏)」のイメージですね。
現在、井上尚弥選手などの活躍で日本でも大注目の階級ですが、その名の通り、軽量級離れした迫力あるKOシーンが多いのも特徴です。
中量級の名称に隠された意味と歴史

体重が重くなるにつれて、名前の由来も動物から少しずつ変化していきます。フェザー級からミドル級にかけての由来を見ていきましょう。
軽い羽根?フェザー級
57.15kg以下の「フェザー級」。これは「フェザー(Feather)」、つまり「羽毛」です。赤い羽根募金のあの羽根です。「バンタム(ニワトリ)」よりも「フェザー(羽毛)」の方が重い階級というのは、直感的に少し不思議な感じがしますね。ニワトリ本体よりも羽毛の方が重いなんてことはありませんから。
この矛盾は、階級ができた順番に関係していると言われています。もともと階級が少なかった時代に「軽い=羽のように軽い」という比喩でフェザー級が生まれ、その後にその下の階級が必要になったため、さらに小さい動物であるバンタムが採用されたという経緯があります。歴史の積み重ねが、この不思議な逆転現象を生みました。
語源が謎めいているウェルター級
66.68kg以下の「ウェルター級」。中量級の華とも呼ばれる人気階級ですが、この「ウェルター(Welter)」という言葉、日本人には全く馴染みがありません。実は英語圏の人でも、即答できる人は少ないマニアックな単語です。
有力な説は2つあります。
説1:競馬用語説
競馬において、重い斤量(ハンデキャップとしての重り)を背負って走ることを「ウェルター・ウェイト」と呼びます。そこから「(軽量級に比べて)重い人たち」という意味で使われるようになったという説。
説2:波や混乱説
「Welt」には「強打する」という意味があり、また「Welter」には「転げ回る」「波のうねり」「混乱」といった意味があります。激しい殴り合いで揉みくちゃになる様子を表したという説。
どちらにせよ、軽量級のスピードと重量級のパワーが交錯する、激しい階級であることを象徴するような響きです。
ちょうど真ん中!ミドル級
72.57kg以下の「ミドル級」。これは説明不要でしょう。「真ん中(Middle)」です。しかし、現代のボクシングには17階級もあるので、真ん中といってもかなり重い方(上から5番目)に位置しています。
これも歴史の名残です。ボクシングの階級がまだ少なかった時代、「ヘビー級(重い)」と「ライト級(軽い)」の間にあるから「ミドル級」と名付けられました。その後、下の階級がどんどん細分化されて増えていったため、名前は「真ん中」なのに、実際にはかなり大柄な選手たちが戦う階級として残ることになりました。
村田諒太選手が金メダルを獲得し、プロでも王者になったことで日本でも馴染み深くなりましたが、世界的に見れば「神に選ばれし肉体を持つ者たちが集う、ボクシングの王道階級」とされています。
重量級と「スーパー」がつくとどうなる?
さらに重い階級や、間に挟まる「スーパー◯◯級」についても解説します。ここには、比較的新しい歴史や、ある少年の感動秘話も含まれています。
新設されたブリッジャー級の感動的な由来
近年、WBC(世界ボクシング評議会)が新設した「ブリッジャー級(101.60kg以下)」をご存知でしょうか。クルーザー級とヘビー級の間にできた新しい階級です。この名前は、他の階級とは全く違う、ある特定の人物の名前から取られています。
2020年、アメリカに住む当時6歳の少年、ブリッジャー・ウォーカーくんは、妹に襲いかかろうとした野犬の前に立ちはだかりました。彼は顔や頭を噛まれ、90針以上を縫う大怪我を負いましたが、妹を守り抜きました。彼は後に「もし誰かが死ぬなら、僕であるべきだと思った」と語っています。
WBCはこの勇敢な行動に感銘を受け、彼に名誉チャンピオンのベルトを贈呈。そして新設した階級に、彼の名を冠して「ブリッジャー級」と名付けたのです。「ボクシングの階級名はひどい」なんて言わせない、勇気と愛に溢れた素晴らしいネーミングではないでしょうか。
船の名前?クルーザー級
90.72kg以下の「クルーザー級」。クルーザー(Cruiser)とは、豪華客船のことではなく、軍艦の「巡洋艦」を意味します。戦艦(バトルシップ)ほど巨大ではないけれど、駆逐艦よりは大きく、火力と速力を兼ね備えた船のことです。
ヘビー級(戦艦クラス)よりは軽いが、ライトヘビー級よりは重くて破壊力がある。そんな立ち位置を軍艦に例えた、非常にかっこいいネーミングです。重量級の中でもスピードのある試合展開が期待される階級です。
重いだけじゃないヘビー級
最も重い「ヘビー級」。これは文字通り「重い(Heavy)」です。上限体重はありません。100キロでも120キロでも、この階級で戦います。
「なんだ、そのままじゃないか」と思われるかもしれませんが、英語のHeavyには「重い」だけでなく、「深刻な」「激しい」「重大な」という意味も含まれます。一発のパンチですべてが終わる、最も重大な責任と興奮を背負った階級。それがヘビー級なのです。
なぜ「スーパー」と「ジュニア」が混在するのか
最後に、多くの人を悩ませる「スーパー」と「ジュニア」の問題について整理しましょう。
団体による呼び方の違い
ボクシングには、WBA、WBC、IBF、WBOという主要4団体があります。階級が増設された際、団体ごとに異なる命名規則を採用してしまったことが、混乱の原因です。
例えば、バンタム級(約53.5kg)とフェザー級(約57.1kg)の間にある階級(約55.3kg)をどう呼ぶか。
- WBC・WBOなど: 「バンタムより上」と考えて「スーパーバンタム級」と呼ぶ。
- WBA・IBFなど(かつて): 「フェザーより下」と考えて「ジュニアフェザー級」と呼ぶ。
「スーパー(上)」と「ジュニア(下)」は、視点が違うだけで同じ場所を指しています。
現在は「スーパー」が主流に?
かつては「ジュニア」という名称もよく使われていましたが、やはり「ジュニア=半人前」というイメージを嫌う選手やファンが多かったためか、近年では多くの団体で「スーパー◯◯級」という呼称に統一されつつあります。放送メディアもわかりやすさを優先して「スーパー」を使うことが増えました。
ただ、古い記録や一部の報道ではまだ「ジュニア」が出てくることもあります。「ジュニアと書いてあったら、その上の階級の『ライト版』なんだな」と脳内で変換すると、理解しやすくなります。
まとめ:ボクシングの階級の名前はひどい訳ではない!意味を知れば観戦が楽しくなる

今回は「ボクシングの階級名はひどいのか?」という疑問から出発し、その由来や意味を解説してきました。要点を振り返ってみましょう。
記事のポイント
- 「ストロー(藁)」や「フライ(ハエ)」は、軽さや敏捷さを表現したユニークな比喩。
- 「バンタム(チャボ)」は、小さくても勇敢に戦う闘鶏へのリスペクトが込められている。
- 「スーパー」と「ジュニア」は、基準となる階級より「上か下か」の違いだけで、同じ階級を指すことが多い。
- 新設の「ブリッジャー級」は、妹を守った少年の勇気を称える感動的な名前。
一見すると変な名前や、弱そうな名前に思えるものも、その背景には「戦う者たちへの敬意」や「特徴を捉えた歴史的背景」がありました。意味を知ると、リング上で向き合う二人の体格や、求められる戦い方(スピードなのかパワーなのか)が、より解像度高く見えてくるはずです。
次にボクシングの試合を見る時は、ぜひ「おっ、この選手は『バンタム(闘鶏)』級か。なら気性の激しい打ち合いになるかな?」なんて想像しながら観戦してみてください。きっと、今までとは違った面白さを発見できるはずです。


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